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怪物の通る歩道橋  作者: 羽川明
十七章
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その二 本道明VS

 梯子を上った先の扉は、やはり地上に繋がっていた。

 本道明はその先の、高速道路の架橋(かきょう)の影に人ト非の姿を見止めると、右目の砕けた保護メガネを投げ捨て、無言で走り迫った。

 草を踏み荒らすその音に気付かれないはずが無く、数秒の内に視線が交錯する。しかし明は決して速度を緩めることはせず、(たけ)り狂ったように唸り声を上げ、(まと)う向かい風に身を投げ出し飛躍した。人ト非の赤目が目前に迫り、引き(しぼ)った腕を左に大きく振り被る。人ト非は脇腹に引き寄せた右腕でそれを迎い撃った。


 ――――直後に響く衝撃。切るように冷めた空気が、激情に打ち震えた。


 明の拳は人ト非の頬を(とら)え、人ト非はきりもみしながら三メートル近く飛んで倒れ伏したが、それは明とて同じだった。染み渡る錆びた鉄の味。口内の異物を吐き捨てると、へし折れた奥歯だった。

『イヒヒヒッ!!』

 顔を上げると、黒い拳が眼前にある。躱せるはずもなく、明は再び殴り飛ばされ架橋の柱に後頭部を強打した。眩む視界の中手をついて跳ね起きると、左の(かかと)を軸足に人ト非の鎖骨に高角度の回し蹴りを放つ。しかし人ト非は一瞬よろけたものの即座に立ち直り、明のみぞおちに左腕を打ち込んだ。

「ぐぅっ!」

 明は何とか両足で踏ん張って持ちこたえ、振りかぶった右腕を人ト非の横顔に振るう。人ト非は体勢を崩して吹き飛び、体中をしたたかに打ち付けながら転げ回る。

 しかし手もつかずにがばりと身を起こすと、俯いたまま駆け出して、喉仏(のどぼとけ)に頭突きをかましてきた。潰れそうになる気道に明は顎を引いて歯を喰いしばり、背後に倒れ込む勢いを利用して右の拳を振り上げ、人ト非の顎にアッパーを炸裂させた。人ト非は体がぐんと持ち上がった勢いで飛躍し、明の胸を蹴り飛ばす。互いの衝撃に当てられ、双方とも架橋のたもとから吹き飛び路上に投げ出された。

 明は潰れた肺で血を吐き、()せ返りながらもふらふらと立ち上がると、人ト非を見やった。ちょうど人ト非も、明の方を見据えていた。こぼれた微笑は、両者ともひきつり、貼り付けた虚勢がありありと浮かんでいる。

 向かい合い、走る。その距離がゼロに迫ったとき、明は空中で姿勢を急激に傾け振りかぶった拳をさらに後ろに引くと、人ト非の脇腹に全体重を込めた回し蹴りを放った。


 ――――(とどろ)く何度目かの衝撃。巻き起こる爆風が、大気を揺るがした。


 明は無秩序に生えた雑草を根こそぎ(えぐ)りながら着地する。靴底が摩擦で焦げた。一方の人ト非は、転げ回り、道路のさらに奥にある竹林に背中を打ち付けてようやく止まった。そこは、日なただった。

『アアアアアアアァァァーーーーーーァァッ!! アァアァァッ、――――アァ、あああっ、ああぁ、あ……」

 上がったしゃがれた断末魔は、生気を失ったように急激に萎んでいき、不意に人間の声色に変わった。やがてそのどす黒い肌から蒸発する水の如く色が抜け落ちて行き、元の薄橙色(うすだいだいいろ)に戻る。

 その姿を見やった時、明の瞳は一瞬にして驚愕に染まった。

「……嘘、だろ?」

 問いかけても、驚くほど浅い、微かな呼吸が返ってくるだけだ。

「なんでお前が、ここに!? ――――うっ!!」

 歩み寄ろうとした明は、日なたに出た途端、服の上から胸元を握りしめ、苦しげに(もだ)え出した。

 求めるように浅く息を吸い、火のように熱い吐息を漏らす。

 その声はしだいに、甲高く、しゃがれたものに変わっていった。

「……はぁ、はぁ、はああぁ、あぁっ! あぁあああぁぁ、うぅっ、ああぁああぁぁ――――――――ァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァーーーーーーーーーーーーーーァァッッ!!』

 狂ったようにわななく喉仏が、力なく投げ出した、両腕の指先が、見る間に黒く塗り潰されていく。(まばた)きを忘れたように見開かれた瞳は剥脱(はくだつ)し、やがて瞳孔だけになった黒目を囲むようにしてどす黒いリングが浮かび上がった。

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