その一 列々
地下一階は、届く光がいよいよ何も無く、二メートル先もろくに見えなかった。
「わっ!」
いきなり強い光に当てられ、視界が眩む。しだいに目が慣れて来ると、坂本さんがこちらに向けた懐中電灯だと分かった。
「どうした?」
「いえ、何でもないです」
答えると、坂本さんは僕が眩しがっていることに気付きもせずに、一人でずんずんと付き進んで行った。僕も渋々後を追う。
「この辺りに怪物の反応は無いし、明かりを点けたくらいで呼び寄せることもないだろう
「はぁ……まぁそうですね」
坂本さんが見回すように辺りを照らすと、床だけでなく、壁や天井までもが青白いリノリウムで統一されていることが分かった。一階とは打って変わって、最新鋭の機器が揃う研究所の通路と言った感じだ。床には埃一つ見当たらず、綺麗を通り越して気味が悪かった。どうにも居心地が悪いのは、前を歩くのがこの人だからというだけではなさそうだ。
「こうも代わり映えしないと、どれくらい進んだのか分からなくなるな」
坂本さんが、振り返らずに言う。話しかけて来ていると言うより、独り言という感じだ。
「そうですね」
一応、小声で返事を返す。聞いてか聞かずか、坂本さんが速度を速めた。
一度、やけに大股になったかと思うと、落ちていた資料を飛び越えたようだ。拾い上げると、それはパンフレットか何かの表紙だった。真っ白な紙の上に、飾り毛の無いフォントで文字が印刷されている。
株式会社ROM 〝運送用RM:TRR-320〟に関する取り扱い説明書
「株式会社ろむ? どこかで聞いたことがあるような…… ――――でも、TRRって?」
「列々(つらら)だ」
「え?」
顔を上げ、正面を見やる。瞬間、息が詰まった。坂本さんの、わずか十数センチ前方。そこに、強い光を放つどす黒い塊が立ち塞がっていたのだ。
『列々(つらら)、危険度:二』
良く見ると、光っているのはその怪物の、瞳のようだ。懐中電灯の光を受け、車のハイビームの如き眩い光を放っている。手足は見当たらず、どす黒い棒状の体が床から直接生えているように見える。
「この辺りにはいないんじゃなかったんですか!?」
「コイツはレーダーに映らないんだ」
「そんなっ……!」
慌てて構えると、坂本さんが腕を出して制してきた。
「……落ち着け。そのくらい弱いってことだ。刺激するな」
「え?」
それ以上説明する気はないらしく、坂本さんはおもむろに歩み寄ると、壁に背中をつけ、列々(つらら)と壁の隙間に体を滑り込ませてするりと抜け出した。そうして、何事も無かったかのように無言ですたすたと歩き出していく。
「ちょっと、待って下さいよ!」
不満を口にしても、案の定冷たい硬質な足音が返ってくるだけだ。
仕方なく、見よう見まねで壁に張り付き、列々(つらら)と壁の隙間を細心の注意を払い抜け出す。その間、列々は身じろぎ一つせずに突っ立っていた。一発撃ち込んだところで、びくともしなさそうな佇まいだ。確かに、下手に刺激しない方がいいのかもしれない。
その後小走りですぐに追いつく。しかし、坂本さんは気が付いていないようだ。
「あの……」
声をかけると、またも手だけで制される。
坂本さんが壁の左側を照らすと、すうっと身の丈を超えるほどの巨大な試験官が現れた。先程の通路よりも、いくらか広い空間のようだ。試験官は、壁に沿うようにしていくつか並べられており、それぞれの試験管の奥には倉庫らしき扉がある。
「……〝監視用RM:MMA-3〟」
坂本さんが、一番手前の試験管の土台に埋め込まれたプレートの文字を読み上げた。
「護衛用RM:TTA-220」
今度は二番目だ。
「戦闘用RM:HTH-20、運送用RM:TRR-320、対人用RM:SR-TA-4000……」
その後も、立ち並ぶ試験管のプレートを淡々と読み上げていく。
「……なんてことだ。こんな、こんな簡単なことを、どうして今まで――――」
「どうしたんですか?」
『『敵一体、接近中。推定危険度、四』』
同じ声のナビが二重に告げる。坂本さんが、目を丸くした。僕も少し驚いた。しかし坂本さんはすぐにそっけなく振り返って踵を返し、もと来た道を駆け出した。
見えない気配がみるみる近づいてくる予感がして、僕も慌ててその背中を追った。




