主人公・柴崎・上杉グループ2
放たれた一発のレーザービームは、犬模様の舌の上で、むなしく弾けた。
刹那、ズバァンッ!!という凄まじい爆音によって迫り来る犬模様の牙が取り払われ、弧を描く電撃の斬撃が鼻先を横切ったかと思うと、そのまま素早く一回転して飛来した猿手足の背を叩き落とした。そうして、取って代わるように白衣を着込んだ大きな背中が現れる。
『敵二体、撃破』
「柴崎さんっ!」
柴崎さんは肩で息をしていて、すぐには話せそうにない。
「……危なかったな。今のは」
しばらくして呼吸が落ち着くと、柴崎さんはさすがに少し疲れたような口調で言う。片手間に携えた蛍光灯をゆつくりと下ろし、大きな親指で何回かライターの火をつけるような仕草をすると、蛍光灯の眩い光はみるみる小さくなって行き、最後にカチッと小さく音を立てて完全に消えた。
加奈子さんが、僕の背から気まずそうに離れる。
その時、前触れもなく天窓が割れた。ひっかくような鋭く甲高い音とともに、土埃を被ったリノリウムの隅に粉々になったガラス片が降り注ぐ。その中に、一際大きな塊が混じっていた。逆光のせいで影になり、怪物のようにも見えたそれは、しかしそうではなかった。
「何?」
不安そうに声を上げ、舞い上がった土煙りの中に何かの影を見止めると、加奈子さんは慌てた素振りで距離を取る。それに倣い、僕も一応の距離を取る。加奈子さんはもう、手を伸ばしても届かない距離に居た。何となく寂しくなる。
小気味の良い機械音を立て、煙の中に横たわる影が、ゆっくりと立ち上がった。身長は、五十センチもないくらいに見える。目の代わりなのか、頭から二本の緑色のレーザー光線を照射して、しきりに足元の様子を窺っている。それが済むと、今度は顔を上げ、レーザー光線を地面と水平に照射しながらきょろきょろと辺りを見回し始めた。レーザー光線は弱く、時折目元を横切ってもほとんど何も感じなかった。
『異常ナシ。敵生命反応、消失。半径百メートル圏内ニ置イテ、敵生命反応ハ検知サレマセンデシタ。索敵ヲ継続シマスカ?』
「今、喋ったよね?」
「はい。……なんか、ナビゲーターみたいですね」
「確かに」
『――――マスター、指示ヲ』
ロボットがガラクタの山を下りて来て、煙の中から姿を現した。ラジコン戦車を連想させる小さなベルトコンベアーから鉄パイプのような細い体が生えており、その上にちょこんと望遠鏡のようなものが乗っかっている。鉄パイプの半分より少し上あたりには、バズーカを小さくした腕のようなものが左右に二つくっついるが、大した威力はなさそうだった。少なくとも対人用の武器ではないだろう。
『マス、……ター?』
返事など何もしていないのに、なぜかこちらに向かってくる。
「お、おい……」
そして律儀にも向きを微調整しながら真っ直ぐ僕の前までやって来て、
――――止まった。
「あの、僕じゃないんだけど」
『声紋ガ違イマス』
そりゃそうだろ。
加奈子さん達も困ったように顔を見合わせている。いつもの如く単に僕が知らないだけなのかと思いきや、そうでもないようだ。
ロボットは、突っ立ったまま動こうとしない。これならいっそレーザーの一発でも撃ってきてくれれば回避システムが勝手に避けて、柴崎さんが容赦なくぶった切ってくれるのに。
どうしたものかとレンズの無い望遠鏡みたいな頭に睨みを利かせ、意味もなく張り合っていると、どこからか、革靴特有の冷たい硬質な足音が響いてきた。
「……こちらのレーダーだけで十分だ。索敵は中止しろ」
突き離すような冷たい口調。その声の主は、見知らぬ男の人だった。疑心暗鬼と偏見に満ちたような鋭い切れ長の瞳を、角ばったフレームの細長い銀色眼鏡が誤魔化している。軽く整えられた黒髪は量が多く、前髪は長さが揃わないようくしゃくしゃにしてあった。着込んだ白衣は新品なのかしわ一つ無く、長身痩躯な外見と似合っていた。完璧主義者に見えるのは、多分偏見ではないだろう。両手には靴と同じ黒革の手袋がはめられていた。こちらも清潔に保たれているようだ。
「STK本部から参りました。坂本平次です」
僕らの姿を見止めると、その場に立ち尽くし、身じろぎ一つせず言った。視界の端で、柴崎さんの顔があからさまに歪んだ。
「何の用だ?」
身が竦むような低い声色で言った。途端に空気がずんと重くなる。
「この付近に手々悪魔の異個体が出現したとの連絡を受けたのですが、どうやら、一足遅かったようですね」
「何? 異個体? ――――本当か」
柴崎さんの憎悪に満ちた視線が、驚きに変わった。
「えぇ、間違いありません。つい先程のことです。あなた方が倒したのではないのですか?」
どうしてか、柴崎さんが、ごくりと固唾を呑んだ。
「……いいや、俺達じゃない」
横に振った首筋から噴き出るように無数の脂汗が伝い、色黒な肌が青ざめる。
「では、この付近に他のメンバーが?」
「あぁ。――――明と、加賀山だっ!」
「柴崎さん?」
言い終えるや否や走り出し、柴崎さんの大きな背中はあっという間に見えなくなる。
「急にどうしたんでしょうね?」
言いながら振り向くと、長い黒髪のポニーテールがさっと視界を横切った。
「ちょっ、加奈子さんまで――――」
「あなたはここで待ってて!」
言って、加奈子さんの華奢な背中はみるみるうちに小さくなっていった。
「二人とも、どうしたんだろう……」
「まぁ、反応は消えているから、放っておいても問題ないでしょう」
疲れたように溜め息をつき、坂本さんは本当にどうでも良さそうに言う。
「それより、この地下に用があるんだ。あの階段から行けるんだろ?」
年下に向かってだけ使うのであろうそのぶっきらぼうな喋り方はどこか本道君や柴崎さんのそれと似ていたが、二人なら絶対に言わない台詞だとすぐに思い直す。
「……多分、そうだと思います」
答えながら、この人は僕の嫌いなタイプだと、はっきりとそう思った。
それが同族嫌悪だなんて、微塵も気付かずに。




