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怪物の通る歩道橋  作者: 羽川明
十六章
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本道・加賀山グループ

 銀色の扉の先は、二階が吹き抜けになった大きな部屋だった。二階の左側の手摺から伸びた用途不明のクレーンが、一階中央の床に巨大な釣り針を垂らしている。

 そこで二人を待ち構えていたのは、入口に居た人ト非と、一体の手々悪魔だ。ナビゲーターはこの二体を指して推定危険度四と判定したらしい。

「所詮は〝推定〟か…… 楽勝っすね。俺はアイツを倒すんで、加賀山さんはいつもみたいに人ト非を足止めしといて下さい。すぐに挟み撃ちにしましょう」

「待って。あの手々悪魔、なんだか変じゃない?」

「え、気のせいじゃないっすか……?」

 加賀山の制止も聞かず、明はクレーンの方へ走って行ってしまう。彼としては早く加賀山と二人きりで話すことによる緊張感から解放されたかっただけなのだが、〝近接戦闘〟と言う熟練者でもろくに扱えない高等技術を実戦用として持ち合わせる明にそう言われれば、加賀山にはそれ以上咎(とが)めることは躊躇(ためら)われた。

『ナァーーーーーーーーーーーーーーーハハハッ!!』

 背後からの咆哮。人ト非だ。その笑い声は嘲笑(あざわら)っているようでもあり、呼んでいるようでもあった。加賀山は、諦めて(きびす)を返し、人ト非と対峙した。


「……来いよ」

 本道(ほんどう)(あきら)は仁王立ちをしたままふんぞり返り、手々悪魔を挑発した。それを聞いてか聞かずか、手々悪魔はにやりと歯を見せて笑い、浮遊したまま素早く身を引くと波打つように揺らしていた左右四本の腕を打ち出した。それらは亜音速で空を切り裂き、明を取り巻くようにして四方に広がっていく。

「なっ! 四本同時……?――――この距離で!?」

 明は驚きのあまり絶句した。普通手々悪魔は、半身になるように振りかぶり左右どちらかの腕二本を一直線に伸ばし攻撃する。その動きを見れば、回避システムなどなくとも回避は容易だ。腕を四本とも突き出しての攻撃は、射程が極端に短いため、接近しなければ放ってくることは無い。

 だがこの手々悪魔は違うようだった。STKでの常識を、容易(たやす)く打ち破ってくる。


 その理由は即座に判明した。


「コイツ、〝異個体〟かっ!!」

『手々悪魔、危険度:四』

 緑のボタンを押し、今まで人任せにしてオフにしていた敵識別システムを作動させると、ナビゲーターが無愛想に告げた。

 よくよく見ると、額の脇に生えた猫耳の内側が血のように赤く、口元には猫らしく六本の長髭(ながひげ)を生やしている。真っ赤な瞳も異様に切れ長で、その上でぎらつく黒真珠のような瞳孔が小さく揺れていた。

「っ!」

 四方に展開された腕が数メートル手前で急激に収束し、丸太台の大きさとなって殺到した。咄嗟(とっさ)に身を(かが)めて前に蹴り出しスライディングでかいくぐる。(ひたい)の先をリーサル・インパクト(致命的な一撃)が(かす)めた。――――あれに当たれば即死だ。

 明は冷や汗を拭い立ち上がり、頭上に浮かぶ手々悪魔の腹にレーザービームを三連射した。

『ィギャアアアァーーーッ!!』

 全弾命中。断末魔が途切れると、手々悪魔は腕をだらりともたげ、力尽きたようにゆっくりと降下していく。

「意外と呆気(あっけ)なかったな。ん?」

 ふと気がつくと、人ト非と交戦中のはずの加賀山の、第二世代特有の射出音が止んでいた。それだけではない。転げ回る空薬莢の音も衣擦れも、何も聞こえない。不気味な静寂に耐えきれず、明が恐る恐る振り返ると、身の丈ほどある赤茶けたコンテナの傍に、顔面(がんめん)蒼白(そうはく)となった加賀山が倒れ込んでいた。

「加賀山さんっ!!」

 駆け寄るよりも先に、単調なリズムの金属音が、いやに大きく響いて来た。壁際に五つ並んだコンテナの、一番左から聞こえてくる。見ると、その後ろから二階に向かって伸びた梯子(はしご)に人ト非がいた。先程まで明は辺りを注視していなかったため、見落としていたようだ。視線で辿(たど)っていくと、梯子は二階の開け放たれた扉の傍に繋がっている。扉からは光が差し込んでおり、どうやら外に繋がっているようだ。

「……まずいっ!」

 ――――明が慌てて駆け出そうとした、その時だった。

『ヒヒグゥッ!』

 背後で、奇怪な鳴き声が立つ。直後、最後の力を振り絞って振るわれた手々悪魔の腕が、明の横顔に直撃した。

「――――ぁっ!!」

 死角からの予想外の攻撃に、明の体は受け身も取れずに弾き飛んだ。(はず)れ、吹き飛んだ保護メガネは、壁にぶち当たって(くだ)けた。一方の手々悪魔も、今度こそ地面の上に力なく倒れ伏し、そのまま動かなくなる。

 ……そうして再び、不気味な静寂が訪れた。

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