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怪物の通る歩道橋  作者: 羽川明
十六章
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主人公・柴崎・上杉グループ1

「クソッ!! コイツら、犬猿(けんえん)(なか)なんじゃないのかよっ!」

 柴崎さんが苛立たしげに悪態をつき、額の汗を拭う。戦闘が始まってからの十二分間、一人と一体は未だ硬直(こうちょく)状態にあった。猿手足は鉄柱に巻き付いたまま飛びかかる機会を窺い、柴崎さんはその瞬間蛍光灯で叩き切るべく神経を(とが)らせている。なんでも、猿手足はそのあまりのバランスの悪さから蛙のように跳び上がるか鉄骨を伝う以外に移動手段が無いのだと言う。

 つまるところ、歩けないのだ。

 そのため、弾き飛ばしてこの滑りやすくなった床の上に転がすことができれば、その瞬間無力化できるのだと言う。

 ただ、

『避けて下さい』

『ガァァーーーーーーーーーーッ!! ――――ヴァン、ワウッ!!』

「わ、うわっ! ぐほっ!」

 三度立て続けに体が勝手に動き、右に避け左に避け、半身になって黒い狂犬の猛攻を(かわす)す。おかげで放ったレーザーマシンガンはどれもあらぬ方向に()れてしまった。

 犬模様の攻撃はサイクルが短く、継続的で隙が無い。加奈子さんも僕も犬模様の開き切れば五十センチはあろうかという大口をすんでのところで回避するのに手一杯で、狙いを定める余裕などなかった。

 今はひたすら()け続けながら引きつけ、猿手足と柴崎さんとの間に決着がつくのを待つしかない。

『マスター、レーザーマシンガンは射出速度こそ早いですが、威力が低く、数発当たったくらいでは致命傷にはなりません。また、犬模様はほとんど何も見えていないため、牽制もあまり効果がありません』

「何が言いたい?」

『武器選択、チャージビームを推奨(すいしょう)(いた)します』

 初めて聞く名前だった。

「武器選択、レーザービーム」

 うまく扱えなければしゃれにならないので、こちらを選択した。

『武器選択、レーザービーム』

 僕が動きを止めたのを隙と見たのか、犬模様が地を蹴り上げ跳びかかって来た。

『グウゥッ、ヴバァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーァァッ!!』

 あんぐりと開いた大口が空中で上向きに()れると、顎の裏側が持ち上がって横に裂け、二つ目の口が現れた。鳴き声が二重になる。

「げっ……!」

 二つ目の口が開き切ると上顎は風を受けて持ち上がり、海老(えび)()りに裏返って後ろ向きに折れ見えなくなった。残された下顎の上で剥き出しになった血色の悪い舌がミミズのように暴れている。

 そんな時、背中に誰かの体温を感じた。無論、目の前で猿手足を待ち受ける柴崎さんではない。……加奈子さんに決まっていた。


 ――――不意に、脳裏をあの嫌な予感が()ぎった。


 一秒が、何千倍にも引き延ばされ、世界は三度(みたび)スローモーションになる。そうして、頭が冷やりと冴え渡った。

 このまま回避システムが作動したら、どうなるんだろう。僕の体は、加奈子さんそっちのけで後ろに飛び去るだろうか。それとも――――

『避けて下さい』

 ナビゲーターの声が、いつになく、心なく聞こえた。

「――――嫌だ!!」

 反射的にそう叫んだ。加奈子さんの肩が背中越しにびくりと震えたのが分かった。振り返った柴崎さんも目を丸くしている。とはいえ、この距離では踏み込んでももう届かないだろう。

 犬模様の二つの口が目と鼻の先に迫っても、回避システムは作動しなかった。

 もう武器を変更している暇は無い。


 もし、もしこの一撃で、犬模様を倒せなければ。



 今度こそ、――――終わりだ。


 震える指先で、赤いボタンを引き絞る。首筋を伝う汗が、驚くほど冷たかった。

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