その一 廃工場内部1
工場の中はひんやりとした淀んだ空気が漂っていて薄暗かった。足元にはめ込まれたリノリウムがぼんやりと白く浮かび上がっている。壁の天井付近に並んだ換気用らしき大窓から差し込む微かな陽の光だけを頼りに、角がぼろぼろになった段ボールや一部が変色した何かの資料を避けながら奥へと進んで行く。
見上げて目を凝らして見ても、照明らしきものはほとんど見当たらず、時折ぶら下がっている裸電球やスポットライトのような照明器具は全てガラスの部分が砕けて内部のコードが剥き出しになっているものも少なくなかった。
「まるで、わざと壊したみたいだ……」
ぽつりと呟くと、しんとした静寂が一層強まった気がした。五人分の足音だけが、不規則なリズムで響き渡る。歩き始めてからしばらく経つ割にまわりの景色にこれといって変化は無く、相変わらず何とも知れない器具や機械が資料や埃に埋もれて寂しく立ち並ぶばかりだ。
「本当に〝拠点〟なのか? ここは。……さっきから、静かすぎる」
長い沈黙を破ったのは、柴崎さんだった。
「レーダーの反応はこのずっと奥かららしいっすから、そこに集中してるのかもしれませんね」
「なるほどね。じゃああの人ト非も、そうとう奥まで逃げ込んでるのかな?」
「でもかなり弱ってましたし、案外この辺りに――――」
『敵二体の反応を確認。推定危険度:三、四』
加奈子さんの言葉を遮りナビゲーターが告げる。直後、頭上で軋むような甲高い物音が響いた。その場から一斉に飛び退き音のした方を見上げると、大型の照明器具が振り子のように揺れている。
「なんだ?」
本道君が呟くのと、照明器具の向こうから黒い塊が飛びかかって来たのはほとんど同時だった。
「伏せろっ!!」
柴崎さんは張り詰めた声色で叫ぶと、右手に携えた極太のレーザーを振るって怪物を弾き飛ばした。炸裂した無数の電光が空気を砕き、眩い閃光が迸る。
残光が、まぶたの裏にくっきりと焼きついた。
『敵一体の消滅を確認』
「――――ちょっと、危ないじゃないっ!! ちゃんと調節しておきなさいよ! 本道君に当たったらどうするのよ!!」
眉間に強くしわを寄せ、加賀山さんが怒鳴る。その横顔に先程までのやわらかな笑みは微塵も残されていない。
「しょうがないだろ、今のは! 調整なんかしてたら間に合わなかった」
柴崎さんが険のある口調で言い返すと、加賀山さんはいよいよ激昂した。
「調節なんて親指でつまみ回すだけでしょ!? そのくらい、振りながらやりなさいよ!」
「無茶言うな。下手に弱めて倒せなかったらそれこそ命に関わるんだぞっ!!」
「ま、まぁまぁ二人とも…… 何とかなったんだから良いじゃないっすか」
言い争いがエスカレートするのを予期し、本道君が二人の間に物理的に割って入った。なだめながら二人の体を双方の手のひらで押して距離を取らせる。慣れているのか、一連の動作には一切のためらいがなく、無駄がなかった。
「……そ、そうそう。コイツはちょっとくらい日焼けしても大丈夫ですから」
「日焼け?」
重ねるように取り繕った加奈子さんの言葉に引っかかるものがあった。
こちらに背を向けた本道君の首筋をまじまじと見つめると、確かに、うっすらと日焼けしていた。――――あの一瞬で?




