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怪物の通る歩道橋  作者: 羽川明
十三章
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その三 犬模様

 酷いノイズに似た鳴き声で吠えながら飛び出して来たのは、一体の黒い中型犬だった。

 そいつは人ト非の脇をすり抜け全身を覆うどす黒い体毛を振り乱しながら猛進してくる。あっという間に距離が縮まり、そのおどろおどろしい細部が明らかになる。異常に見開かれ、赤いビー玉のようになった眼球。涎が泡を吹く引き裂かれた口元。そこからのぞく真っ白な牙はボロボロで、前歯の隙間からぶら下がる濁った色の舌はちぎれそうなほどズタズタだ。

犬模様(いぬもよう)、危険度:三』

「犬模様?」

『ギャイン!』

 十五メートル手前まで差し迫った時、横から乱れ打ちのレーザーマシンガンが降りかかり、犬模様は苦しみ(もだ)えながらその場に転げ回る。

「大丈夫? ごめんね、正面任せっきりで」

 その声の主は加奈子さんだった。心配そうに駆け寄って来る。

「あ、いえ、大丈夫です、ありがとうございます。それより手々悪魔は?」

「こっちのは今さっき倒したから、あとはあっちの一体だけ。気付かなかった?」

「あぁ、すいません! 攻撃を避けてるだけで手一杯で……」

「いいよ、気にしないで。それより――――」

『グゥゥ……ワワァッ!! ワァァーーーーーッ!!』

 遮るように、身を起こした犬模様が吠える。右前足の膝が奇妙な角度に曲がっていた。

「やっぱりあのくらいじゃ倒せないみたいね。こいつはあたしが惹きつけるから、あなたはあの人ト非をお願い!」

「はい!」

 返事を返すとすぐに加奈子さんは口笛を吹きながら駆け出し、犬模様に向けて大袈裟な動きで手を振った。

「こっちよっ!」

 注意をそちらに()らせ、犬模様は地面を力強く蹴飛ばして大きく左に旋回した。加奈子さんは時折口笛を鳴らして挑発しながら柴崎さんの居る方まで突っ走って行く。犬模様の鳴き声もやがて遠ざかり、それを不快な笑い声が上書きした。

『イヒイヒイヒイヒッヒッヒッヒャ……』

「お前らは、何が可笑(おか)しくてそんなに笑ってるんだ」

『ナハハハァッ!!』

 返ってくるのはもちろん、言葉にならないしゃがれ声だけだ。甲高く漏れる吐息が、耳の奥できんきんと痛む。

「そういえばエネルギー残量は大丈夫なのか?」

昨日(さくじつ)充電したばかりですので、問題ありません』

「え、いつ?」

『昨日の午後四時頃です。端子を(かい)して電子機器に接続され、その際にフル充電されました』

「いや、だって、合う端子が無いんだろ? 最新型だから……」

『いいえ、そのようなことはありません』

「え、でも……」

『来ます』

 すぐに人ト非の方を見やると、背筋を伸ばしたまま姿勢を低くして右足を前に出し、体の横に置いた両の指先の腹を地面に軽く触れさせている。さながらクラウチングスタートと言ったところか。でも、何か様子がおかしい。人ト非が、俯いたまま、淡く光る眼を確かめるようにぱちくりさせている。そうしていると、どこか人間臭い。

「ずっと開きっぱなしで目が疲れたのか?」

『怪物に痛覚や疲労感があることは確認されていません』

「でもちっとも向かって来ないじゃないか。……今のうちに倒せないかな」

『一度目の遭遇時から現在に至るまで、あの人ト非の回避率は九十パーセント台を記録しています。推奨できません』

「でも、昨日充電したんだろ? だったら――――」

 言っているそばから人ト非が何の前触れもなくがばりと顔を上げ、入口のコンクリートを蹴飛ばしこちらに向かって来た。その速度は今までの人間離れした猛攻と比べると数段劣っていたが、それでも距離はあっという間に二十メートルまで縮まる。

「武器支援システム、ロックオン!!」

『警告 武器支援システム、ロックオン、発動』

 抑揚のない声に合わせてシステムが起動した。弾けるように分裂した照準が視界一杯に広がり、すぐに迫り来る人ト非の額に集約する。

「あれ、照準(これ)って敵の数だけ現れるんじゃないの?」

『プログラムが改変されています。改編者:リンちゃん』

 何やってんだあの人。と、呆れると同時に合点がいく。きっと僕が寝たきりだった二日間の間に合う端子を用意してくれたのもきっとこの人なんだろう。

 人ト非が十メートル先に迫り、僕は一応狙いを定めてから赤いボタンを引き絞った。今回は押しっぱなしだ。激烈な射出音を響かせながら数え切れないほどたくさんのレーザービームが発射され、コンマ数秒のずれによって外側から人ト非を囲み、それを徐々に(せば)めていくという単純ながらも強力な弾幕となって人ト非を包囲した。

 その光の檻がついに人ト非の足を止めたその時、目を疑うような現象が巻き起こった。

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