その二 後方倒立回転跳び
「武器選択、レーザーマシンガン!」
『武器選択、レーザーマシンガン』
急カーブ後に背後から再び迫って来た黒腕にボタン長押しのレーザービームを目一杯浴びせると、先端から弱々しく萎んでいき、煙のように消え失せた。
『敵一体、撃破。――――避けて下さい』
「え? うっ!」
頭上に降りかかってきた影を、回避システムが自動で躱す。体が勝手に後ろに反り返り首が締まった。
さっきの二の舞にならないよう迫る地面を右の手のひら全体で突き返す。と、突いた右腕が反動を受けて付け根でくるりと回り、そこから突如湧き上がった浮き上がるような感覚に支配される。近付きつつあった芝生がぐわんと跳ねて遠ざかり、視界の下端に向かって緩やかに流れ始め、あっいという間に緑の激流と化す。直後再び頭上に影が舞い降り、僕の体はそれを振り払うように両足をついてがばりと起き上がった。
「……ん?」
左で応戦中のはずの柴崎さんが、何かに驚いたようにこちらを凝視している。右の加賀山さんは一瞬こちらに向けて拍手した後、すぐに戦闘に戻った。
芝生が微かな振動に揺れ、振り返ると、しゃがみ込むどす黒い背中があった。人ト非だ。その頭上ではうっすらと砂埃が巻き起こっている。今の衝撃はコイツの仕業なんだろうか。でもどうやって? ――――というかいつの間に現れたんだ?
無数の疑問符が脳裏を過ぎる中、しゃがみ込んでいた人ト非がゆらゆらと立ち上がり、振り向きざまにぶんと腕を振るった。
『避けて下さい』
背中が勝手に海老反りになり、風を切って振るわれた腕をスウェーバックの要領で躱す。
「いったぁ!」
無理な動きがたたって背中が奇妙な音を立てた。いたわりながら上体を起こすと、人ト非が早くも片足を地面と水平に振りかぶっての第二撃を放つところだった。
「回し蹴り!?」
『避けて下さい』
『イヒヒヒィッ!』
右の踵が勝手にざっと後ろに引かれ、切り裂くように振るわれた黒いつま先を半身になって避ける。
『敵一体の消滅を確認』
左右どちらが倒されたのか、確認している暇もなく僕は数秒の中に生まれた死角を利用して人ト非の背にレーザーマシンガンを浴びせた。
『ィギャアアァッ!!』
「当たった!?」
人ト非は明後日の方向に歩きながら怯んだようにふらつくも、数歩で立て直し向き直ると、青く輝かせた瞳でこちらをぎりりと睨みつけてくる。
「目の色が変わった!」
こちらに向かって駆け出す人ト非。慌ててボタンを引き絞るも、今度は一つも当たらない。放たれた無数のレーザービームは目にも止まらぬハンドスプリング(前方倒立回転)によってその全てが躱されてしまう。
「やっぱり、あの時と同じだ……!!」
人ト非の姿が失せたかと思うと空から影が降りかかってきた。見上げると驚異的な脚力で飛躍した人ト非が太陽を背に握り合わせた両手を後ろ手に大きく振りかぶっている。膨らませた筋張った胸の向こうから嘲笑うようにこちらを見下ろす蒼い双眸が、ぎらりと赤く瞬いた。
『避けて下さい』
ぐっと首が締まり、足に勝手に力が入って体が凄まじい勢いで倒れ込む。右腕を突き出すと、地面にぶち当たると同時に付け根がくるりと回り、体がふわりと風に包まれる。先程と全く同じ状況が再現され、思わず息を呑み込んだ。
見逃さないようただただ目を見開いていると、跳ね上がった僕の体はくるりと回った右腕の勢いで回転が加わり、視線が自然と工場の入り口に引き戻される。この時点ではまだ逆さまだ。体が半回転して元の向きに戻ると、今度はなぜか青空が見えた。人ト非が、一、二メートル頭上を通過していく。目に映る全てが、ゆったりとしたスローモーションで流れる。
景色が徐々に降下して、再び工場の入り口が映り込んだ。膝を軽く折り曲げると、そこはもう芝生の上だった。
「ひょっとして僕、バク転してる?」
『〝後方倒立回転跳び〟です』
「どっちでもいいよ」
前方数メートル先に、人ト非が着地する。始めから振り下ろす気など無かったのか、その音は静かだった。そしてその分、立ち上がるのも早かった。
人ト非は素早く立ち上がると僕に背を向けたまま入口へと駆け出した。レーザービームが当たるはずもなく、そのまま中へ逃げ込まれるかと思いきや、人ト非は寸前でがばりと身を翻し立ち止まった。そうして三度笑う。
『――――グワァッ……ガァァーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!』
「い、犬?」




