その二 手々悪魔
見失いそうになりながら、何とか視線で追いかける。と、最後尾に黒い塊がくっついているのに気づいた。そいつは不気味な笑い声を上げ、勢い余って手摺の向こうに飛び出した。
どうやら柱はあの塊から生えているらしい。
……ということはあれは腕なのか。
「あの黒っぽいのは――――」
『標準を合わせ……』
「――――て赤いボタンを押せばいいんだろ!」
『その前に敵識別システムを作動させて下さい。スイッチは緑のボタンです』
「わかったって……あぁ、見失った。どこ行ったんだ!」
『上です』
見上げると、赤い目をしたどす黒い猫の頭が、左右に二本ずつ生やした計四本の腕を波のようにうねらせながら浮遊していた。
「何だアイツ」
『敵識別システムを作動させて下さい』
「わかってるよ」
緑のボタンを押すと、画面が一瞬薄緑色に光り、浮遊する猫の頭を緑の線が囲んだ。
『手々(てて)悪魔。危険度:三』
「はぁ?」
『それがあの怪物の名前です。――――避けて下さい』
「うわっ!」
またもや体が勝手に動き、右に弾き飛ばされる。
『イヒヒヒッッ!!』
仰向けに倒れ込むと、頭上でさっきの四倍ぐらい太い腕が伸びた。その分速度は遅かった。
『手々悪魔に照準を合わせ、赤いボタンを押して下さい』
太く見えたのは四本の腕を絡めていたかららしい。猫モドキは手摺の上で止まったまま絞ったぞうきんみたいに絡まった腕をほどこうと必死になっている。
それでも視線で動く照準を猫モドキの額に合わせるのは至難の技だった。猫モドキを囲む緑の枠の中で照準がかちりと固定されたのを確認し、即座に赤いボタンを押す。すると保護メガネのブリッジ(左右のレンズを繋ぐ部品)から猫モドキに向けて一筋の赤い光線が走った。
次の瞬間にはもう、猫モドキはいなくなっていた。
「……はずれたのか?」
『いいえ、命中しました。敵一体、撃破』
「え、あれだけで?」
『後方から二体来ます』
慌てて振り返ると、さっきと同じ怪物(?) が二体、こちらに迫って来ていた。
「どうすればいい!?」
『怪物に向かって手をかざして下さい』
「こうか?」
言われた通りに手を突き出すと、薄い半透明の壁が現れた。
「なんだこれ。バリア的な?」
『はい。危険度3以下の怪物による通常攻撃を二、三度防ぐことができます。手々悪魔のように素早い怪物に対しては無理に躱すよりも安全であると判断しました』
「なるほど、そういうのを知るために一々ボタンを押して調べなきゃいけないのか」
『その通りです』
手々悪魔たちがはっきり見える距離まで近付いて来たのを見計らい、緑のボタンを押す。
『手々悪魔。ともに危険度:二』
『武器選択、フラッシュ』
「フラッシュ? シャッター切るときに出るあれ?」
『はい。フラッシュは威力こそ劣りますが、範囲攻撃のため複数の雑魚敵を一掃できます』
「雑魚敵?」
『敵二体、急速に接近中』
「え? うわっ!」
視線を戻すと、どす黒い腕がもう目前まで迫っていた。思わず身構える。
『問題ありません』
「あれ? あぁ、そうか」
襲いかかって来た腕は半透明の壁にぶつかり跳ね返ると怪物の体に巻き取られ戻っていった。
『赤いボタンを――――』
「あぁ!」
照準が定まっていると信じ、すかさず赤いボタンを押す。必要以上に力が入り指先が震えた。
瞬間、目の前が黒く遮光された。それでも辺りに眩い閃光が迸ったのがはっきりとわかった。
レンズが透明に戻るころには二体ともいなくなっていた。
「……倒したのか?」
『はい。敵二体撃破。残り、一体です』
「よっしゃ、楽勝だな」
『いいえ、残りの一体は先程とは比較にならない程の強い生命反応を示しています』
「え、あっ、そうなんだ…… それで、そいつはどこにいるの?」
『真下です。現在急速に接近しています。直ちにここから離れて下さい』
「そんなこと言ったって……」
僕は無我夢中で階段を駆け降り、真下の道路に躍り出た。いつの間にか空に雲がかかり、辺り一帯は薄暗くなっている。
「そいつは今どこにいるんだ?」
『振り返って下さい』
「え? あ……」




