その四 蝙蝠
「君、物凄い反射神経してるんだね。やるじゃん、見直した!」
加賀山さんが満面の笑みで放った平手打ちが丸腰の背中にクリティカルヒットし、バァン!!という凄まじい音を立てて腰から腹部にかけてを痺れるような激痛が抜けた。
「いったぁぁーーーーーーーーーっ!!」
「あ、ごめん。あざになっちゃってた?」
「いや、違うだろ今のは」
「あぁん?」
加賀山さんがどすの利いた声で睨むと、柴崎さんはふっと目を逸らした。
『敵複数体、接近』
「おいでなすったか」
どこからか、無数の何かが蠢く音が漣のように聞こえ始め、視線が自然と入口に集まる。
「……手々悪魔にしては、騒がしいな」
「目無烏でもいるんすかね」
「うぅん、多分、この音は――――」
そこまで言いかけて、加賀山さんは息を呑んだ。
「なんだ?」
入口を覆う闇が風船のように膨れ上がり、じわじわと、芝生の緑を侵食し始める。蠢きは、擦れ合うような音から、やがてはっきりとした羽音に変わった。
「うわっ!」
――――爆発音にも似た凄まじい轟音が響き渡り、風船がついに破裂した。破片は四方に散らばりながら、数え切れないほど無数のコウモリへと姿を変える。コウモリたちは自身が作ったどす黒い波に呑まれそうになりながら、小さな羽で羽ばたき一つの巨大な塊であるかのようにうねりながら空へ昇っていく。入口から洪水の如く溢れ出したその大群は数十秒後不意に途切れ、再び静寂が訪れた。
束の間、尚も闇に包まれた入口の中で、無数の猫目が赤く灯った。そして、その中央に一つだけある、真円を描いた一対の双眸がゆっくりと前に踏み出し、どす黒い、一つの人影になった。
「あれは――――!!」
工場から吹き込んだ微風が強張った塊となって重く纏まりつく。後退りしようにも、震え上がった四肢が言うことを聞かない。そして見る間に迫り来る、絶望的な気迫。
……あの時と、同じだ。




