その三 廃工場入口周辺
直線距離では五十メートルでも実際は工場に沿って回り込んだのでその四倍近く走ることになり、入口まで辿り着いたころには僕の息は半ば上がっていた。
「……この辺りのはずなんだが、何も見当たらないな」
柴崎さんが平然とした声色で言う。本道君も加賀山さんも、息一つ切らさずに涼しい顔をしている。なんとなく、所長のそれに似ていた。
「やっぱし、あの入口の辺りっすかね?」
本道君が片足で前に乗り出して指さす。そのすぐ下からは急な下り坂になっていて、本道君の指はその奥、下り坂の幅に合わせて凹字にへこんだ工場の入り口を指しているようだ。坂道とはいえ芝生が生い茂っているところを見るとそう陽が当たらないわけでもなさそうなのに、その付近だけ不意に薄暗くなり、開け放たれた入口の向こうは、黒く塗り潰したような暗闇に包まれている。
「確かに、どうみても不自然だな、ありゃあ」
「なんだか、気味が悪いわね」
「えっ? あ、あぁ、はい」
急に話を振られ、わかりやすく動揺してしまう。駄目だ、このままじゃ間が持たない。
そんな中、背後でがしゃんと音がして、
「ごめん、遅れた」
これ以上ないくらいのベストタイミングで一人の少女が現れた。
「上杉さん!」
「……加奈子でいいよ」
そう言ってはにかんだ上杉さんの笑顔は頼もしくも可憐だった。
「それで、今どうなってるんですか?」
「ちょうど今から中に入ろうとしてたところなの。来てくれて助かったよ」
「でもあそこ、変に薄暗くてなんだか薄気味悪いですね」
「えぇ、だから――――危ないっ!!」
『避けて下さい』
「え? わっ!」
膝が伸び切ると同時に背中が反り返り、体が勝手に陸上選手ばりの背面跳びで飛び上がる。次の瞬間入口のどす黒い闇から矢の如く飛び出して来た二本の黒腕がみぞおちと腰を挟み込むように通過して行ったかと思うと、レーザーの小気味の良い射出音とともに唐突に途絶えた。
少しはカッコ良く決まったかと思った刹那、二日ぶりの慣れない動きに対応できず、芝生とはいえ背中を地面に盛大に打ちつけてしまう。
「ぐふっ!」
『対象の消滅を確認。攻撃が中断されました』
「……大丈夫か、おい」
「あぁ、はい。……ありがとうございます」
転んだ先に居た柴崎さんに手を差し伸べられ、拒むのも申し訳なかったので取ると、その色黒で大きな手は砂粒らしきものでざらざらと汚れていて、胸中で少し後悔した。もちろん顔には出さないけれど。




