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怪物の通る歩道橋  作者: 羽川明
十章
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その二 道程2

「あ、薫さん、そこを左に曲がって下さい」

「はいはーい。――――って、わたしのことはリンちゃんと呼びたまえ!」

 薫さんは曲がり角の先で足を止めるとばっと勢い良く振り返り、頬を膨らませて抗議してきた。丈の短いキュロットスカートが、風に(なび)いて翻る。

「……どこ見てんだよ」

「え!? いっ、いや、別に何も」

 耳元で不意にささやかれ、肩がびくりと跳ね上がってしまう。それを図星と捉えたのか、本道君の横顔は意地悪くにやついていた。

「やめとけ。あれはあくまでキュロットスカート、言ってみりゃひらひらのズボンだ。お前が期待してるようなもんは何も見えねぇぞ? 加奈子の太ももでも(おが)んどけ」

「……()()たかれますよ?」

「なんだ、もう気付いてたのか。てっきりお前の前では猫被(かぶ)ってると思ったんだけどな」

「猫被ってるかどうかは分かりませんが、確かに口調は優しかったですね」

「そうか、あいつは猫被ると優しくなるのか。ほぉー」

 本道君の笑みが、一層深くなる。

「ってことは、あいつはあの見事なまでのツンデレっぷりを自覚してるってことか?」

「えっ、加奈子さん、ツンデレなんですか?」

「何だと思ってたんだ? あいつは典型的なツンデレだよ。別にあんたのためなんかじゃないんだからね、とか、平気で言っちゃうようなタイプだから」

 軽くショックだった。がっくりと肩を落としていると、曲がり角で待機していた薫さんがたまりかねたように駄々をこねだした。

「はーやーくぅー! まだまだ先なんでしょ?」

「いえ、そこを曲がってすぐのところです」

「なぁーぬぃー!! お母様にご挨拶しなくちゃ!」

「あぁ、ちょっと!」

 呼び止める暇もなく、薫さんは目を輝かせて角の向こうへ駆け出して行ってしまった。一体我が家に何を期待しているんだろう。

「普通の一軒家なんだけどな……」

 曲がり角を曲がる最中、薄汚れた雑居ビルが目に止まった。背が低くこぢんまりとしたそれは、相変わらず(すた)れていて廃墟にしか見えない。

「どうした?」

「いえ、なんか、懐かしいなって。……僕が小さいころ、ここに夜な夜なランプ抱えて入っていくおじいさんの幽霊が現れるっていう都市伝説があって、一度、友達と一緒に入ってみたんです。――――そしたら、おじいさんはこのビルの管理人さんだったみたいで、めちゃくちゃ叱られました」

「へぇ」

 ぶっきらぼうな返事とは裏腹に、本道君はおかしそうに笑っている。

「だから、なんでもそんなものなのかなって、思ってたんです。怪物も、ホントはいないのかな、なんて。……でも違ったんですね。この服の裾が、こんなになってるってことは」

 視線を落として裾を引っ張ると、やっぱりそこには横一文字に裂け目ができている。適当に選んだとはいえ、安物というわけではなかった。ちょっとやそっと引っかけたくらいでここまでなるとは思えない。

「――――いや、どうだろうな」

 予想外の言葉に、一瞬、思考が止まってしまう。

「え? ……でもこの前は」

「大きくて黒い見たことない生き物が街で暴れたら、みんな怪物だって言うんじゃないか?」「だってそれは、怪物じゃないですか」

「どうしてだ? オオクロマチアバレかもしれないじゃないか」

「は?」

「おーい! キミくんのうちって、ピンクの屋根のうち? それとも茶色い屋根のうち?」

「なんで二択なんですか」

「えぇ? だって後はみんな工事中なんだもん。シートでなんにも見えないヨ」

「いや、そんなはずは……」

 僕の知る限りでは家の近くでこれと言った都市開発や大規模な工事は行われていないはずだし、二日や三日で景色がそう大きく変わるとも思えない。まさか途中にあるT字路を直進せずに曲がったんだろうか。――――薫さんの方向音痴ぶりなら有り得るかもしれない。

 けれど、道の先に(そび)え立っていた視界を埋め尽くすほど巨大な灰色の壁が、その淡い期待を打ち砕いた。


 それは、当然僕の家なんかではなく、建設途中のビルだった。

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