答え
――――目が覚めると、見慣れた薄暗い天井があった。……仮眠室だ。
痛みは全くないけれど、動こうとするとうまくいかない。僕の情けない呻き声に気付いたのか、目を丸くした人影がいきなり視界に飛び込んできた。
「うわっ!」
「……驚いてんのはこっちだ。どっか痛むところはあるか?」
ぶっきらぼうな口調とは裏腹に、男性にしては少々高めで友好的な声色、本道君だった。
「いえ、特には……」
答えると、本道君はほっと溜息をついて身を引き、視界の端から消えた。
「そうか。――――お前、自分が何日眠ってたと思う?」
「え?」
「丸二日だぜ、丸二日。今日中に目覚めなかったら政府が管理してる隔離病棟に収容されてたところだ」
体を起こそうとすると、とたんに頭がぐらぐらとした。目眩みたいな感覚の後、強烈な睡魔が鼻筋をくすぐる。
「まだ起きるな。鎮静剤が切れるまで、横になってたほうがいい」
「鎮静剤?」
本道君はベッドの脇に無言でしゃがみ込むと、毛布の下から垂れた南京錠のようなものをかちゃかちゃと外し始めた。それに呼応するように、僕に巻き付いた何かが毛布の下で伸縮し、ぎしぎし音を立てている。
「……何してるんですか?」
「こういうことだ」
本道君が、ばっと勢い良く毛布を取り去る。その下から現れたのは、包帯だらけの上半身と、巻き付けられた黒革のベルトだった。ベルトは、胸、腹、太もも、脛の計四か所で僕をベットごとがっちりと固定しており、その頑丈そうな金具も相まってまるで拘束具のようだ。
「これは……」
「見りゃわかるだろ? お前を拘束してたのさ」
「そんな!」
「落ち着け、今外してやってるだろ」
「どうしてこんなことを?」
きつく固定された金具を一つ一つ外していた手がぴたりと止まった。
「まさか、覚えてねぇのか? お前、怪物に殺されかけたんだぜ」
「え? 僕が、怪物に?」
「……マジかよ。倒れた時に頭でも打ったか」
「え、いや、その――――」
全く覚えていない。怪物に殺されかけたっていうのは、ただ戦ったのとはどう違うんだろう。今、かろうじて思い出せるのはあの、金髪に、黄緑とピンク色のメッシュを入れた――――
「薫さんは!? 薫さんは、大丈夫なんですか?」
「んあぁ、薫か。アイツなら別に何ともねぇよ。お前を運び込んで来た時は泣きじゃくってたけどな。ほら、そこにいるだろ」
「へ? ――――うわぁっ!!」
本道君が顎で指した方を見やると、薫さんはあろうことかベッドの壁際にて寝息を立てていた。手を伸ばせば届く……どころの話ではない。同じベッドの上だ。僕らの間にはかろうじて人一人分の隙間があるだけで、ほとんど添い寝状態だ。
「薫さん、薫さんっ! 起きて下さいよ」
「うーん、マルコポーロ……」
「いやどこの冒険家ですか」
「まぁ何にしても、その様子じゃあ二人とも大丈夫そうだな」
「でも、僕のこの包帯は――――」
視線を落とすと、捲り上がったシャツの下が痛々しいくらいに包帯で埋め尽くされている。
「それなら薫がパニクってぐるぐる巻きにしただけのはずだが、痛むのか?」
「いえ、そういうわけではないんですが…… なんだかその、だるいというか、重いというか」
「あぁ、なんせ二日も寝たきりだったからな。鎮静剤が切れたら、少しは運動した方がいいぞ。待ってろ、今所長を呼んでくる」
本道君が仮眠室の戸を閉め出て行くと、鎮静剤や拘束具をつけていた理由をはぐらかされたことに気がついた。とはいえ、もう大方予想はついている。
「あ」
酷い倦怠感の中、シャツの裾を引っ張ってしわを直していると、腹の辺りに裂け目があった。ほつれた無数の糸は、明らかに、横薙ぎに引き裂かれていた。
「……ということは」
『〝怪物なんて、本当にいるのかな?〟』
その答えを、僕は思わぬ形で突き付けられてしまったようだ。




