その六 危険度:四
見れば、ほぼ百八十度まで開かれ折り畳まれている両足も、双方の膝が軽く二メートル近く離れている。
「か、おる、さん……っ!」
枯れ果てた喉の奥底から、必死に声を振り絞る。でもそれは、掠れた吃音でしかない。手々悪魔や目無烏たちよりも、数段上の威圧感。それが逃れられない息苦しさとなってずしりと纏わりついて来るのだ。
「……おる、さん――――薫さんっ!!」
能天気に振り返った薫さんの顔から、笑顔が消え、さっと血の気が引いた。
「キミくん、そいつヤバいヨ!!」
やっぱりコイツも、危険度四なのか。
逃げるしかない。ばっと上体を反らせて上を向き、震える指先で何とかボタンを押す。射出されたレーザーが、嫌にけたたましく響いた。
『キキキキキキキィ……』
どきりとして振り返ると、怪物が、しゃがみ込んだ体勢のまま前のめりになっている。まるで、僕の顔を覗き込むかのように――――獲物に、狙いを定めるかのように。
そうして、怪物は電柱を両足の裏で抱え込むと、急激に姿勢を低くしながらこちらに向けて身を乗り出していく。まさか……
――――やめろ。嫌だ。やめろ、考えるな。……その予感だけは、的中させちゃいけない。
怪物は、ある角度でぴたりと静止した。そして、ぶらぶら揺れているだけだった両腕が、ゆっくりと、電柱を抱え込んだ足の下に集約し、細長い指先がひたりと電柱に添えられる。長い腕を折りたたんでも自然と猫背になってしまい、頭部の位置が、こちらに向かってお辞儀でもするかのように下がる。その姿はまるで、水面に向けて飛躍する蛙、あるいは、今にもプールに飛び込まんとする水泳選手のようだった。
『&$&?%&%%&!#&$%☆=$!!』
断末魔をぐちゃぐちゃにかき混ぜたような咆哮とともに、二メートル越えの足が伸び切った。怪物が、右腕を一周回るほど振り被りながら凄まじい速度で飛びかかってくる。その腕が、コンマ数秒の後に薙ぎ払うものは言うまでもない。けれど、僕の体は未だ金縛りにあったように動かなかった。それは恐怖心からなんかじゃない。メタルワープシステムの――――安全装置のせいだ。僕個人に、どうこうできる問題ではない。
……終わりだ。今度こそ僕は――――
『避けて下さい』
不意に金縛りが解け、体が、脊髄反射的に後ろへ飛び去る。でもこれは、僥倖なんかではない。なぜならもう、手遅れだからだ。
「キミくんっ!!」
薫さんの甲高い悲鳴が、鼓膜を突き破り反響する。視線を落とすと、引き裂かれた服の裂け目から、抉れた肉の断片が顔を出していた。
怪物の、弧を描く残像と化した横薙ぎを、回避システムは避け切れなかった。
たった、それだけの話だ。




