その五 歪な影
「――――キミくん、どいてぇっ!!」
はっと気がつくと、歩道橋の先で、赤くギラつく猫目の瞳と、無数のどす黒い塊が蠢いている。あれ全部、手々悪魔なのか?
「ナビゲーター!!」
僕は空に、無我夢中で叫んだ。
瞬間放たれるのは、緑に瞬くレーザービーム。それは一瞬のうちに見えなくなり、そして、空から現れた銀の塊が僕を丸呑みにした。
鋼鉄の壁が取り払われても、変わらず歩道橋の上だった。ただ、目の前にはバズーカを構えた薫さんの背中がある。今度はきっちり肩に担いでいた。
『チャージ率、100%!』
「全力全快!! やっちゃって下さい!」
ガチッと引き絞られるトリガー。発射口から光の柱が迸る。激流の如く溢れ出したそれは扇のように広がっていくと、あっという間に百八十度にまで達した。そうして、眼前に広がる全てを青白く塗り替える。
「うぅおおぉぉーーーーーーーーっ!! すっげぇーーーーーーーーーーーーっ!!」
光の咆哮に負けずとも劣らない声ではしゃぐ薫さんの姿は、子供にしか見えなかった。瞳はまんまると見開かれ、にやつく口元を携えた頬はうっとりと火照っている。
『敵十二匹撃破! やったわね、最高記録更新!』
「ナイスなっちゃん、ナイスわたし! そしてナイスバズーカ!! お前は今日からバズ一号ダ」
歓声を上げる薫さんをよそに、僕は素直に喜べないでいた。それどころか、嫌な予感が拭い切れず、見えない重圧に押し潰されそうになる。そんな時、
『ケケケキキ……』
ぞくりと、おぞましい悪寒が背筋を舐めた。薫さんはまだ、勝利の余韻に浸っているのか、全く気がついていないようだ。けれどこの、じわじわとのめり込んで来る重々しい手ごたえは誤魔化しようがない。伸ばそうとした腕が、震えを通り越してがちがちに固まっている。右足に至っては、地面から引き剥がすと同時に病的に痙攣し出し、制御することすらままならなかった。
「――――っぁ!」
張り上げたはずの叫び声が、吹いたそよ風に掻き消えた。たかの外れた恐怖心は高揚に変わり、湧き上がる好奇心が僕を、ぞっとするほど滑らかな動作で後ろに振り返らせる。
そうして、予感は的中した。
数メートル先の頭上に聳え立つ電柱の上に、股を開いてしゃがみ込み、こちらを見下ろすどす黒い人影がある。その隆起した鼻筋の横で、皿のように見開かれた双眸が赤く揺れていた。耳元まで裂けた口元には、唇の失せた真っ白な歯がぎろりと並んでいる。
中学生ほどのがたいしかない胴は不気味なまでに筋骨隆々で、岩肌のように割れた筋肉は一種の装甲のようでさえあった。そして、何をするでもなくだらりとぶら下げられた二つの毛むくじゃらな細腕は、明らかに、一メートルを超えていた。




