疑念
――――結局、僕は本当にSTKに入ることとなった。
そしてその後、『とはいえもうこんな時間だから今日のところはひとまずここで一夜を明かすと良い』と所長に半ば強制的に仮眠室に押し込まれた。
けれど、用意されていた簡素なベッドの毛布に包まったところで、寝付けるはずもない。どこからか聞こえてくる時計の針だけが、チクタクと独り歩きを続けている。ひょっとしたらもう朝になっているかもしれなかった。
それでも、頭の中で渦巻くこの強烈な違和感をないがしろにはできなかった。そしてとうとう、耐え切れず口を開いた。
「なぁ」
『なんでしょう、マスター』
即座に返答が来る。近くには誰もいないはずだ。恐る恐る、尋ねる。
「やっぱり、盗聴とか、されてるのか?」
『断定はできませんが、半径十メートル圏内に人間や盗聴器等の反応はありません』
「……そうか。じゃあ、教えてくれ。STKとか、怪物ってなんだ? これから俺はどうなる?」
『〝僕〟ではないのですか?』
「は?」
『先程までマスターは、自分のことを〝僕〟とおっしゃっていました』
「――――それは、ほら、……あれだよ」
言い淀むと、『あれとは?』とさらに言及される。
「だからさ、その、なんていうか、普段は〝俺様〟とか言って威張り散らしてる奴も、人前で何か言うときとか作文を書くときは〝僕〟になるじゃん? ……そんな感じだよ」
『マスターにとっては〝俺〟が、〝俺様〟なのですか?』
「まぁ、そういうことに、……なるのかな?」
とりあえず今は、そういうことにしておこう。
『――――なら、今から私が言う言葉は全て、〝僕〟の言葉です』
「え、どういう意味?」
『私に内蔵された情報、特にあらかじめ文章としてインプットされたものは全て、人前で何か言うときとか作文を書くときに作成された言葉だからです』
つまり、公的な場での言葉ってことか。
「それでもいいから、教えてくれ」
『了解いたしました。それでは、まずはSTKについてお答えします。STKとは、環境の変化及び責任能力の欠如、またはそれに伴う不足の自体により野生化等によって発生した人間に著しい危害を加える危険性のある特定の生物を害虫、及び害獣と見なし、これを駆除、捕獲することを目的とした公的機関です』
「えぇっと、つまり、ここはなんなの?」
『〝駆除センター 尾張支部〟です』
「……なるほど」
まぁ、明日上杉さんたちにそれとなく聞けばいいか。でも、
「じゃあ今度は怪物について教えてくれ。……なるべく、わかりやすい言葉で」
こちらはそうもいかない。所長は多分、明日以降僕を新メンバーとして扱うだろうから。
『了解しました。政府の発表によると怪物は、過度なストレスや疲労及び遺伝的体質によって明暗や物の形を識別する能力が低下し、結果光と影の境目が曖昧になったり、表面の凹凸や光の当たる角度によって生まれた色の違いでできた模様を周辺の環境音と照らし合わせてそこに何かがいると脳が勘違いし、恐怖を掻き立てる仮想の化け物、つまり、怪物があたかもそこにいるかのように錯覚するという人間の防衛本能から生じる幻覚である、……とのことです』
不信感に満ちた言い回しだった。僕の立場を汲み取ってのことだろうか。それとも……
「お前自身は、どう思ってるんだ?」
この際だから、時間の許す限り踏み込もう。
『既定の文章がデータ内にある場合、私にはそれに沿ってお答えすることしかできません。言い回しを多少変更できる程度です。ただ、』
「なんだ?」
『マスターの発言ならば、録音し、意見の一つとして再生することができます』
言い終わるや否や、画面中央にスピーカーのアイコンが表示され、音声が流れ出した。
『〝怪物なんて、本当にいるのかな?〟』
どきりと、心臓が跳ね上がる。その核心を突くような透き通った声色には聞き覚えがあった。
「これは……?」
『一年前録音された、とあるマスターの音声です。私はこの意見に感銘を受けました』
画面に再生マークらしき三角形が浮かび上がり、続きが流れる。
『〝熊だって、猿だって、猪だって、ただ生きてるってだけなのに、山から下りてきたり、檻から逃げ出したりしただけで、凶暴な化け物に仕立て上げられて、猟師さん達に撃ち殺される。怪物って、そうゆうのとはどう違うのかな。私たちって、猟師さん達とは何が違うのかな? 危険だからって言い包められて、怪物にされた動物を、人間を! 言われた通りに殺していって、利用されてるだけなんじゃないかなぁ……!!〟』
声に激情が入り混じり、主張は悲痛な嗚咽に変わる。
「人、間……?」
予感と記憶が電撃的に結びつき、僕は確信の中戦慄した。
「……まさか、人ト非の正体は――――」




