選択
「――――記憶を失くして解放されるか、それとも消されるか、どちらがいい?」
案内された部屋のデスクにふんぞり返っていた男が、僕を見るなりそう言った。室内だと言うのに目元を覆うほどの大きなサングラスに、薄い青色の作業着の上から灰色のコートを着たその人は、曰く、〝所長〟なのだと言う。その割には随分と若く色白で、二十代前半くらいの涼しげな顔立ちには、威厳のようなものはあまり感じられない。
とはいえ、一瞬で見破られてしまった僕は、これまでの経緯全てを正直に打ち明けた。
そうせざるを得なかった。そして、今に至る。
「他に、選択肢は無いんですか?」
「……ない」
所長が即座に携え切り返す。僕は怯んで肩を縮こまらせながらも、必死に食い下がる。
「――――その、ここに残って、戦う、とかは……」
所長は、驚きのあまり呆気に取られたようだった。僕だって自分で自分が信じられない。いきなり何を言い出すんだ。これも、あの保護メガネのせいなのか? いや、あれはさっき取り上げられてしまったし、もう僕の体を操ることなどできないはずだ。第一、必要性を感じない。
数秒の静寂の後、唐突に、剛毅な笑い声が沈黙を破った。
「後者は冗談だよ。――――しかし、驚いたよ。君みたいな人は久しぶりだ。昔を思い出す……」
初めて、ではないらしい。
「――――所長」
部屋の左側の壁に線が入ったかと思うと、内側に凹んで壁の中に引っ込み、人が現れた。黒縁眼鏡の女性同様、白衣に身を包んでいる。この施設の制服なんだろうか。
「やけに早いね」
「それが……」
突然口籠り、何故かこちらに視線を泳がせてくる。
「接続用の端子が、どの型とも一致しませんでした。認証システムのパスコードも通りません」
「何?」
立ち上がり、所長は背後に立っていた黒縁眼鏡の女性からタブレットをひったくる。
「――――考えにくいですが、対抗勢力の模倣品か、最新型かと……」
タブレットをスクロールさせながら、所長が一層顔を顰める。
「だが、あれを改良したところで何の利益がある――――?」
対怪物用接眼レンズ――――それがあの保護メガネの正式名称らしい。怪物は、通常あのレンズを通してしか見ることができないのだという。
「――――となると、最新型、なのか……?」
所長が、息を呑んだのが分かった。真っ黒なサングラスの向こうで、今度こそ限界まで見開かれた瞳が、驚愕に染まる。
「しかし、なぜそのようなものが道端に?」
「分からない。分からないが――――」
その先を遮るように、携帯特有の軽快な電子音が鳴り響いた。所長がコートの裏ポケットから取り出したのは、今時珍しいガラパゴス携帯だった。所長はそれをぱかりと開いて確認すると、あからさまに顔を顰め、切った。
「……失礼。今はっきりと言えることは、現状それを扱える人間は、彼だけだということだね」
言って、所長はどこか嬉しそうに含み笑いを浮かべた。
「え?」
「所長っ! まさか、この身元不明の少年を、STKのメンバーにするおつもりですか!?」
黒縁眼鏡の女性が素っ頓狂な声を上げても、所長は変わらず涼しげだ。
「他にあるかい?」
揺るぎないその気迫に、黒縁眼鏡の女性は肩を落としてしゅんとなる。その姿は、先生に叱られる小学生に似ていた。




