その二 侵入者
仮眠室には外に通ずる窓がなかったので、僕はなるべく音を立てないようにして薄紫の扉から部屋を出た。すると横長の大部屋に躍り出る。
幸い誰も居ないみたいだけど、薄暗いというより真っ暗で、ほとんど何も見えない。前方にうっすらと窺える大きな横長の机を手のひらでなぞりながら慎重に進んでいくと、突然、保護メガネが短い電子音を発した。
『警告 十メートル前方にて、未登録の生命反応を感知。レベル二の敵意を検出しました』
普段とは違う、頭の中に直接響き渡るような声だった。
「つまりこの先に、怪物がいるってことか?」
『いいえ。体長百六十五センチ程度の人間であると推測されます』
……人間? でもさっき、レベル二の敵意がどうとか言わなかったか?
『敵意、レベル三に上昇。対象、急速に接近』
「え? ちょっ……」
耳を澄ませても、足音は聞こえない。しかししだいに、近づいてくる荒い息遣いがわかるようになる。次の瞬間にはもう、人影は、目と鼻の先まで迫っていた。そのとき、
『私はこれを〝殺意〟であると断定します』
ナビゲーターが早口でまくしたてた――――
――――直後に迸る閃光。
それは見開かれた双眸に刃の如く突き刺さり、人影は呻き声を上げてその場にうずくまった。
「……俺に、何をしたぁ!」
床にうずくまる強張った背中が、震える声で呻く。
『敵意、レベル二に下降。殺意、依然保持。直ちに拘束してください』
「は? こ、拘束!? この人、ただの従業員なんじゃないのか?」
『いいえ、侵入者です。拘束してください』
「そう言われても、やったことないし……」
むしろある方がおかしい。
『ならばお任せください』
*
「――――侵入者を捕まえた。と、いったところでしょうか」
不意にぱちんと音がして、ぱっと明るくなり、音のしたほうを見やると、黒縁眼鏡に白衣の女性が冷めた視線でこちらを見下ろしていた。心なしか、声にも棘がある。
「……は、はぁ」
僕はただ、そう返すことしかできなかった。




