その一 脱走
風間君に続いて夜空に緑のレーザーを打ち込むと、初めとは打って変わって、鉄のパイプは数秒の内に現れた。呑みこまれ、次はどこに送り込まれるのだろうと身構えていた僕だったが、どこかへ着地し内向きに湾曲した鋼鉄の壁が取り払われてなおも、視界は晴れなかった。今は深緑色の壁に阻まれている。壁はうっすらと透けていて、まるでカプセルの中にいるみたいだ。いや、実際そうなのだろうか。
頭上で急かすように電子音の警報が鳴り響き、慌ててあちこちをぺたぺたいじくり回すと、何かのパネルに触れた感触の後、すっと視界が開けた。
「うわっ!」
寄りかかっていた深緑の壁がカプセルの両端にしまわれ、寄りかかっていた僕は前へ勢いよくつんのめる。途中で何とか持ち直し、転ぶことは無かった。上体を起こすと、閉ざされた薄紫の二つ扉の上にある、箱型の時計が目に止まる。時計は薄いベージュ色の壁に埋め込まれていて、そこにはデジタル表示で〝22:28〟と刻まれていた。それはやや薄暗い部屋の中で、淡い光を放っていた。
ドアノブの回る音がして、振り返ると、上杉さんが壁と同じベージュ色のマグカップ片手に現れた。カップからは湯気が立っていて、温かいココアの香りがした。
「お帰り」
ぽつりと短く言ってから、カップの淵に口を付けると、上杉さんは再び口を開いた。
「わたしはもう帰るけど、あなたはまだいろいろと手続きがあるだろうし、家が遠いならここの仮眠室を使ったら?」
「あぁ、その、――――」
本当のことを打ち明けるなら、今しかないんじゃないか? 奥の部屋にも誰もいないみたいだし。……でも、最悪この保護メガネだけ置いて帰れば何とかなるんじゃ――――
「……ありがとうございます」
「いいって。それより、明日からもよろしくね」
「は、はい……」
結局、僕が選んだのは、目が合わないように俯いて、上杉さんがこの場を立ち去るのをただじっと待つことだった。――――つまるところ、後者だ。
逃げよう。これ以上、誰かに見咎められる前に。




