チュチュの過去〜第1幕
落下の恐怖でグッとつぶっていた目を開けると、周りは真っ暗だった。
チュチュが消え、ある程度自由にできるようになったポッキーをタバコのように咥え、噛んでみる。
「硬っ!」
ポッキーはまるで鉄のように硬かった。
そして、何故か口から離せない。
なるほど、チュチュのことが分かるまで勝手にポッキーは食べられないようになっているわけか。
それを理解したところで、真っ暗だった空間がぼんやりと色をもちはじめる。
チュチュの人生録劇場の幕開けだ。
「さて、どんなボロ屋に住んでたことやら……」
そこは、ぼんやりとした世界だった。
周りの景色は歪み、まるで金魚鉢を内側から覗いてみているような、気持ち悪い感じ。
世界は滲んで何がなんだか分からない。
おそらく、水の中なのだろう。
私はその中に入っているようだが、これは映像だから濡れもしなければ水の温度もわからない。
ただ、この水は恐ろしく冷たい。
そんな感じがした。
と、水の水位が下がるのを感じ、視界がはっきりしていくと思ったら、一瞬にして真っ暗な映像になった。
「なんじゃこりゃ。
これ、過去のなんのシーンなんだよ……」
どうやら、この映像はチュチュの目線だと考える。
暗くなったのはチュチュが目を閉じたからだろう。
そして、次の映像は突然のことで驚いたが、白い台の上に横たわったマウスの死体だった。
チュチュが瞬きし、映像が一瞬途切れるとマウスは動いていた。
また映像が途切れると、今度は白い台の上に横たわったフェレットが。
そしてまた映像が途切れ、フェレットは動いていた。
しばらくそんな映像が繰り返された。
「なんだこれ……何かの実験か?」
そして、実験動物はマウス、フェレット、ウサギ、ネコ、イヌ、シカ、ウマ、ライオン、サル、チンパンジー……厳密には違うだろうが、だいたいそんな感じの動物たちに切り替わっていき、そして、
「人間……」
横たわった死体は、恐らく元兵士の男性。
兵服が破れ、中から覗いている肉から察するに、死後から相当時間が経っている死体だ。
その男性も次の映像では生き返っている。
私はそう思った。
だが、映像が途切れ、次に映された男性はこれまでの動物たちとは違い、生き返ることはなく、逆にミイラのように面影がなくなってしまっていた。
「これが、チュチュの過去……
チュチュが見てきたもの?」
──ポキンッ
12センチほどの長さのポッキーの端から4センチほどの所で折れた。
ボリボリ。やっぱ旨いな、ポッキー。
けど、分からん。
今のは何だったんだ?
いや、何かの実験なんだろうけれど、時系列おかしいだろ。
普通、生きている動物に対して何かの操作を行い、その結果死に至ってしまった。
そういうもんだ。
生きている人間を実験材料として扱うのは倫理的に反するので、死体を用いた。
そして時間が経ってミイラ化した。
……この世界にそこまでの生命倫理の概念があるのかどうかは疑問だが、常識的に考えてそれが普通だ。
まったく、記憶の順序くらいしっかりさせろよな、チュチュ。
この過去の映像って、持ち主のイメージを反するんだろ?
相手に伝えるためには順序だった説明が不可欠!
これ基本っ!
……って、学校のクラス発表でそれができないコミュ障の私に言われたくはないよな。
はっ!
待てよ、今私はチュチュの過去を覗き見しているが、逆にチュチュは私の過去を覗き見しているってことか!?
今の私、つまりユリ・リリスはつい最近あの鬼死女神によって人生12歳からスタートさせ、転生と同時にチュチュと出会った。
そしてずっとチュチュとともに行動していた。
それに人生録も数ヶ月分しかない。
となると、チュチュは見たことある映像をエンドレスループで見ているわけか?
はぁー。それはそれで何か申し訳ないな。
可哀想に、悪いな。まだまだ薄っぺらい人生で。
これから濃いものにしていく予定なんでね。
まっ、私としては知られざる過去を見られるなんて恥ずかしい事されずに済んだみたいでほっと一安心なんだけどさっ。
おっと、第2幕が始まりそうだ。
悪いがチュチュ、私はお前のじっくり堪能させてもらうことにするよ。




