また、会えた。
お屋敷の中は凄かった。
何が凄いって、まずその派手さだ。
派手とは言っても、決してケバケバしい事はなく、むしろ高級ホテルのように洗練されていた。
床には綺麗な模様の赤絨毯。
木の壁や窓のフレームにはボタニカルな彫刻が施されており、大きな窓から差し込む光を受けて、その細かな細工が浮き彫りになっている。
天井にはシャンデリアを思わせる形の花々が、自身で光を放ち、空間に色と明かりを添える。
そんなお屋敷を自慢したくのも無理はない。
「こちらが食堂、あちらが浴室、その隣が衣装部屋に、奥が書斎。向こうは中庭が、その奥にはプライベートプールがございましてね、それからこちらが………」
長い廊下を歩きながら、長老ゴブリンが1つ1つ部屋を案内してくる。
いちいち覚えられない上に、今はそんな事よりチュチュに早く会いたいと思う気持ちが私に生返事させた。
それでも長老ゴブリンは全然気にしてないのだが。
真っ直ぐな廊下を進んでいくと、チャイナドレスのような衣装を身に纏った雌ゴブリンたち数匹とすれ違い、彼女たちは長老と私に恭しくお辞儀しする。
彼女たちからはムスク香や花の香り、あるいはみずみずしいフルーティーな香りも楽しむことができ…………って臭えよ!
いろんな匂いが混ざっちまってるじゃねぇか!
ったく、最近忘れられていたかもしれないが私は女が嫌いなんだ!
ゴブリンだろうがなんだろうが、やっぱり女はダメだ!
私が怪訝な顔で雌ゴブリンたちを見ていたので、長老ゴブリンが説明する。
「あぁ、彼女たちはこの屋敷の召使いでしてね。
あれは制服みたいなもんです。
香水はどれも私がプレゼントしたもんでね、毎日喜んで付けてるんですよぉ」
「って、お前のせいかよ長老!!」
「ん?
何がですかな、お連れ様」
思わずツッコんでしまった私に長老はさらにボケをしかける。
「制服は統一されてんのに、プレゼントする香水はバラバラかよ!
おかげで匂いが混ざっておかしな事になっちまってるじゃねぇか……」
私は分かりやすく鼻を摘んでみせた。
「ややっ、お連れ様にはまだ香水は早かったですかな?
香水は高貴な大人の女性の必需品ですぞ」
「そういう問題じゃねぇ!」
「それに香水は我が集落の名産品。
どうです、あとで私の娘と香水選びを手伝わせましょう」
このあと私は名産品の香水について、延々と聞かされることになったのは言うまでもない。
「ってか長老、娘がいたのかよ。
私はそこに驚きだよ」
長老の話が進む一方、全く足は進まないのでまだチュチュのいる部屋にたどり着かない。
けれど、長老の話は止まらないし、1人でこの屋敷を歩いたら迷子になりそうだから仕方なく私は長老に付き合っている。
「えぇ、私はこう見えても10の子どもたちがおります」
「10!?」
「男5女5、まぁ、ゴブリンにしちゃあ多い方ですかね。
男5のうち3が上級ゴブリン。
女5のうち2が上級ゴブリンです」
「その、上級ゴブリンっていうのは?
下級ゴブリンの対義語か?」
さっき下級ゴブリンの説明をされたな。
えっと、確か“キィ!”としか言えないのが下級ゴブリンだったっけ。
「その通りです。
お察しの通り、言葉を操る私のような賢いゴブリンが上級ゴブリン。
身振り手振りと“キィ”という音でしか意思疎通を図れないのが下級ゴブリンなのです」
「お察しの通り、」がどこに掛かるかは知らないが、なるほどね。
「まぁ確かに、新しい言語を覚えるのは大変だもんな……
そう思うと、キングが言葉を話せたのは意外だな」
「言葉を話せるかどうかは遺伝ですよ」
「え?」
私は何の気も無く、言葉は習得するものだと直感的に考え、あのキングが言葉を勉強する姿を想像し、滑稽だと笑いながら呟いた。 が、長老は笑わず答えた。
どういうことか訪ねようとした時、
「さあ着きました。
こちらのお部屋にメシア様がお休みになられております」
ようやく、メシア様ことチュチュのいる部屋に到着したのだった。
「チュチュ!」
私は勢い良く両開きの扉を開いた。
部屋の中は廊下と同様、洗練されていた。
天井には大きなプロペラが転し、ドレッサー、クローゼット、ソファーまであった。
そして、天蓋付きのベッドに水色の女の子は眠っていた。
その傍らに召使ゴブリンが見守り番をしていたが、長老が合図すると一礼し、部屋を出て行った。
「それでは、私は野暮用がございますのでね、何かあればその辺の召使になんなりとお連れ様。
では、ごゆっくり」
そう言って長老も出て行ってしまった。
チュチュと2人きりになった部屋は、とても静かだった。
窓から覗いている空は水色に橙色を少し溶かし込んだくらいの色で、ピンク色にも見える。
私はそぉーっと、さっきまで召使ゴブリンが腰掛けていた丸椅子に腰掛けた。
ベッドで眠るチュチュは、傷だらけだったが、綺麗に包帯が巻かれていた。
擦り傷にもガーゼが当てられているが、少しの血と膿が滲んでいた。
けれど、もともとの怪我の具合からすれば、定期的にガーゼを取り替えていてくれたのだろうという事が容易に察しがついた。
チュチュは眉間を寄せた表情で、少し苦しそうだった。
「そんな不安そうな顔で眠るなよな……
お前の持ち味は、不落のポーカーフェイスだろ?」
私は、手首に包帯が巻かれたチュチュの左腕の手をそっと握った。
怪我を治そうと、体が頑張っているのか、チュチュの手は少し汗ばんで熱かった。
けど、こんなのアマゾンの暑さに比べれば、どうってことは無い。
私が手を握ると、チュチュの硬かった表情が、少しだけ柔らかくなった気がした。
それを見て私もなんだか少し安心した。
思わず頬の筋肉が緩んでしまう。
よかった、チュチュはここにいる。
私の知っているチュチュがここに生きている。
しっかり手が熱をもって、表情を変え、汗もかいている。
……汗、拭いてやらなきゃな。
ベッドサイドテーブルに小さなタライとタオルがあったので、チュチュの額をそっと拭く。
「…………ん、ん……」
長いまつげがピクリと痙攣し、持ち上がった。
「ごめん、起こした?」
透き通ったビー玉みたいな瞳がコロンッとこちらを向いた。
「リリス………?」
「そうだよ。
…………チュチュ?」
私はいたずらに聞き返した。
「そうだよ。
…………リリス」
細い指が私の方へ伸びてきた。
小指の先まで包帯でぐるぐる巻きの細い指が。
触ればポキンと折れてしまいそうな細い指が。
私はその指をそっと取る。
震えていた指先を包み込む。
どれだけ力をかけていいかわからない。
だから、できるだけゆっくり、優しく、丸く……
けれどチュチュは力一杯……全然強くはないのだけれど、力一杯握りしめてきた。
「また、会えた」




