やらなきゃいけない時がある!
2日があっという間に感じるほど早く過ぎた。
そして……
私たちはまるで巨人が通るために作られたと思うほど大きな、壁の高さいっぱいのドアの前に辿り着いたのだった。
「着きました。ここが第2フロアへと続くドアです……」
そのドアの威圧感に、第1フロアの番人ですら圧倒されているのか、もしくはこのドアの先にいる妹への思いを巡らせているのか、フェルは噛みしめるように告げる。
「私がご案内できるのはここまでです。
このハシゴを登って、ドアの鍵穴から第2フロアへ行けます」
みると、ドアに途方もなく長いツタで編まれたハシゴが垂れ下がっていた。
まさかこれを登れというのかと少し引いたが、文句を言っても仕方ない。
「ありがとな、フェル。
本当に世話になった。お前がいなかったらこんなに早くここまで来られなかった。なんてお礼をしたら……」
「お礼なんて……そのお気持ちだけで十分でございます。
それに、私の方こそお礼を言わせてください」
なぜフェルが私たちにお礼を?
私とチュチュは頭上にハテナマークを浮かべた。
すると、察しのいいフェルは、フフっと静かな笑い声を漏らした。
「前にご説明した通り、私たちのご先祖様は、神にそむく大罪を犯しました。
ゆえ、私と妹は嫌われ者でした。
さらにその妹が再び、背負わされた罰から逃げるという罪を犯し、そのせいでこの迷宮の平和が乱れた……
他のウロコ蛇たちはおろか、モンスターたちも白い目で私を見る。
事情を知らない冒険者さんたちも、私を見るなり恰好の獲物と襲い掛かってくる。
私はずっと、この半年間寂しかった」
私たちを見上げるフェルの目に、キラリと光る涙が浮かんでいた。
本当に辛かったのだろう、寂しかったのだろう。
先祖の犯した罪を背負わされ、このヘルガーデン第1フロアから1歩も出られず、ただ直向きに贖罪を続ける日々。
唯一の身内である妹は生きがいの1つだったに違いない。
しかしその妹にも見放され、妹の罪まで被り、恨まれながらひとり寂しくこの迷宮を生き延びてきた。
ウロコ蛇という、見た目からも分かる弱小モンスターっぷりゆえ、見知らぬ冒険者たちから命を狙われ怯えて暮らさなくてはいけない。
先祖の罪、妹の罪。
弱肉強食の世界に閉じ込められた弱き者の宿命。
私に言わせれば、フェルは何も悪いことはして無いというのに。
「だから、リリス様とチュチュ様と過ごせたこの3日間はとても幸せでした。
共に会話をし、共に食事をし、共に歩み、ここまでお2人をご案内するという目的を達成させていただいた」
「フェル……」
涙を浮かべたフェルの顔は、フェルらしい、優しさにあふれた笑顔だった。
なぜ神は、この心優しい紳士にこんなにも重い十字架を背負わせ、鉛の足かせを付けるのだろう……
「フェル、一緒に行こう」
気がつくと私は、そう言い放っていた。
フェルは驚いて、丸い目を見開いている。
私はフェルに、幸せを掴んでほしかった。そのために、
「フェルも第1フロア(ここ)から出て、妹を探しに行こう。
フェル、前に言ってたよな?
妹がまだどこかで生きていてくれたらって。
そう願い続け、これまで生き延びてきたって。
だったらフェルもここを出て、私たちと一緒に妹を探しに行こう!」
第1フロア(ここ)を自分も出るだなんて、真面目なフェルには思いもつかなかったことだろう。
口をわなわな震わせ、私の手をとろうか、心が揺れている。
「けれど……私には罪があr……」
「それはフェルの罪じゃない!
先祖がなんだ!
妹だって、悪くない!
先祖の罪は先祖の罪だろ!
フェルはフェル、妹は妹だ!」
フェルの目にかろうじて留まっていた涙が、ついに一筋の線を描いた。
ウロコ蛇であるフェルは涙を拭えず、濡れた顔を隠すようにうつむくしかない。
「リリス様、ありがとうございます」
「じゃぁ……」
「けれど、私は行けません」
ずっと迷いを見せていたフェルだったが、最後にはきっぱりと言い切った。
「どうして!?」
「私がお役に立てるのはこの第1フロアのみ。ここ以外では私はただの弱小モンスター、足手まといです。
お二人にご迷惑をかけるわけにはいきません」
そうだ、フェルはこの第1フロアの世界しか知らない。
フェルがここを出て、第2フロアへ行くということはそれだけで危険なことなのだ。
それに、私たちもただの駆け出し冒険者。
いざという時、フェルのことまで守り切れる保証はない。
「そうだな、フェル。ごめん。
本当に妹にまた会いたいのなら、まずはフェルの命がなくっちゃな」
「ありがとうございます……リリス様」
「けど、……」
だからといって、このままフェルを、ただ妹の帰りを待ち続ける……なんの光もなく、ただ暗闇に残され、待ち続けるだけの日々の中に置き去りになんてできない!
光の中に連れて行けないのなら、光を連れてこればいい!
「だったら、私たちが妹を探す!
そして、フェルのもとへ連れ戻す!」
私の高々と掲げた宣言に、フェルはポカンと口を開けて言葉も出ない。
あぁ、この感じ、覚えがある。
ヘルガーデンへ転送される直前の、冒険者ギルドでの一幕。
なんだっけ?
『大丈夫です。必ず生きて迷宮最奥のブドウ、採取してきます!』
だっけ?
そして孤独死草に侵された心理状態の時、私はそれを無理だとか軽率だとかほざいていたっけか?
いいや、違うね!
否!撤回!不正解!ノー!
仮にそうだとしても、私は生きて帰るし、迷宮の最奥にも辿り着くし、ブドウだって採取してくる!
無茶苦茶言ってる?あぁ言ってやらぁ!
無茶だと分かっていても、やらなきゃなんない理由があるなら、やるしかねぇだろ!
そして今、私の恩人であり、友を救えるのなら、それが理由だ。
フェルはこんな時、なんと言ったらいいのか分からないようだ。
脳内キーボードで言葉を入力しては削除し、また打ち直し……言葉を模索し続けるように、口だけ動いて声になっていない。
そんなフェルを私は勇気づけるように、ポンっと肩……否、首に片手を添えた。
「だから、フェルは待っていてほしい」
──待つことだって、勇気がいるのだから。
「いいよな、チュチュ」
私は隣のチュチュにも後押しのため、声をかける。
チュチュも、私が手を添えている方と反対側に手を添え、コクリと深く頷いた。
「あっ…うぅ…………ありがとう、ございます……」
私たちに首を挟まれ、涙を隠せないフェルは、そのまま私たちの顔を見つめながら、大粒の涙をこぼした。




