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マテをしている犬ってこんな感じ?


 異世界転生してから何も食べてない上に激しい運動。

 一刻も早く何か口に入れなければ餓死してしまう。


 依頼主の爺さんは、よっぽど腕によりをかけた料理を作りたいらしい。

 つまり、まだまだ調理には時間がかかりそうだという事。


 目の前でバターと醤油のようないい香りのする刺し身丼をパクパクと頬張るチュチュ。


 これが2次元女子なら、私も空腹を忘れ、自分の口の大きさも考えずに口いっぱいになるまで食べ物を突っ込むその子を愛でたことだろう。

 しかし、チュチュは3次元女子。

 しかも私は極限の空腹。

 食べ物の恨みは怖いと言うが、食べ物の誘惑もまた恐ろしいものだ。

 私はその誘惑に負けたのだ。


 チュチュの前にひざまずき迫ると、両手をチュチュの腰の両サイドに着いた。


 鼻と丼鉢の距離は1センチもあるかどうかわからない。

 それと、私の体がチュチュに触れてしまっているかどうかも、わからなかったが、今はそんな事どうでもよかった。


 「1口でいい!

 早く1口、お腹に何か入れさせてください、お願いします!」


 女嫌いの私は、ご主人様に尻尾を振る犬と化していた。

 人生最大の屈辱も厭わない。

 どんなに嫌いなものでも、餓死寸前の状態で、目の前に今すぐ食べられるものがあるなら、食うしかないだろ!

 しかも私の目の前にあるのは、こんなにも美味しそうな刺し身丼。

 体中の痛みも麻痺するような空腹を刺激するには十分すぎる。

 限界にも程があるだろ……

 

 そんなわけで、女嫌いを貫いてきたこれまでの人生を棒に振ってでも私は……私は……




 ……ん?


 いや、まて。

 まてまてまてまて!


 「うわぁ!」

 

 急に冷静になった私は、両手をベンチから離し、後ろへ飛び退いた。


 「あっぶねぇ!

 流されるとこだった!

 私は女が大嫌いなんだ。たとえ空腹を味方に付けていようと3次元の女に屈するような女ではない!」


 なんとか自我を保とうと、私は、“女が嫌い”と声に出し、ペシペシッと両手で自分の頬を叩く。

 ジーンとした痛みが顔に走り、さらに目が覚めた。


 「はっ!

 私は今なんと!?

 私は自分のことを女と!?

 馬鹿な!私は男だ!女嫌いの男だ!忘れるな!

 クソッ空腹め何たる脅威……

 正直、ミズタマより恐怖だぜ……

 私は女嫌いの男だぁぁあ!」


 よしっ。もうこれで大丈夫。 

 危うくあの鬼死女神の思う壺になるところだったぜ。


 にしても、爺さんはやく私の分の刺し身丼、完成させてくんねかな?

 もう刺身が切れてなかろうがバターが溶けてなかろうが米が冷めてようが何でもいいんだけど。

 

 「リリス、食べたいの?」


 チュチュ……

 やっと取り戻した私の自我を再び奪おうとしてくれるな。

 

 「いや、私を誰だと思っている。

 私は女嫌いのユリ・リリスだぞ?

 女の飯など喰らうはずがない!」


 「でも今、1口って」


 「うるさい!うるさい!」


 ──ぎゅるるるるるるるる……

 

 大声を出したせいか、私はお腹の音とともに砂浜の地面にヘナヘナと倒れ込んでしまった。


 「リリスやっぱり……」


 単調なチュチュの声だが、呆れているのがわかる。

 うぅ〜屈辱だ……


 ……って!


 「おい、やめろ!近寄るな!」


 私は歪む視界の中、チュチュがこちらに近寄ってくるのが分かった。

 そしてチュチュが空腹と自我に揺れ動く私にとどめを刺しに来たことも……


 「リリス、いいよ。チュチュの食べて」


 チュチュが私の口元に、ホカホカのご飯らしきものと刺身をスプーンにのせて押し付けてきた。


 悪魔か!この女!

 頑張れぇー私!耐えるんだ!

 何してる、ジジイ!


 あと少しで私の分の刺し身丼もできあがるはずだ!


 私は口をキュッと結び、首をブンブンと振って意思表示する。


 「そ」


 素っ気なくチュチュが残酷にも私の目の前でスプーンをパクリ。

 モグモグと見せつけるように咀嚼する。

 

 私の口の中には唾液が溢れ、のどが耐え切れなくなり、ゴクリと生唾を飲む。

 その様子を、水色の目が冷ややかに見つめる。

 

 「リリス、口移しがいいの?」


 ──グェホッ!グォホッ!

 唾液が変なところにっ!

 


 「ば、馬鹿か!おまえは!」


 「冗談」

  

 無表情な上にお前だろ?

 笑えないぞ!

 ってか、チュチュも冗談を言うのかよ!しかもこのタイミングで!


 不幸のどん底に突き落とされた私に、神が降臨した。


 「お待たせたな、桃色の嬢ちゃん」


 ようやく完成した、私のめし

 

 「ありがとうございます!」


 ほぼ奪うようにして丼鉢を受け取ると、私は本能のまま丼の中身をかき込む。


 「うまい!うますぎる!」


 あぁ、命をかけた戦いの後に喰らう命はこんなにも美味いものなのか!


 「ワハハハ、いい食いっぷりだな、嬢ちゃん。

 まだまだあるから、わし特製の、“海の幸これでもかプラスベストマッチ秘伝のタレ、ホカホカ穀物はミズタマの核エネルギー丼スペシャル!

 たーんと食いな!」


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