あたしの名前は、──
「シュリギットは、スノードロップのことだ。ショシャナットがスズランを意味するように、シュリギットはスノードロップを意味する言葉なんだよ」
石ナイフを持つシヴァの両手を握って、チュチュがガリガリとゴーレム人形の背中に文字を少しずつ彫っていく。
「えっと、じゃあスノードロップの花言葉が“死”ってこと? けど待って。シャロームの舞の時、シヴァが咲かせた花は確かスノードロップ。その時に花言葉は“希望”だって言っていたよね?」
「ああ。でもスノードロップには他にも花言葉がある。それが、“あなたの死を望みます”」
「……なるほどね。あたしは死を望まれた存在になるってわけか」
感心したように頷くゴーレム人形。その声音からは、死に対する恐怖や、私たちに対する怒りも感じない。
「なぁ、初め私と会った時、お前がショシャナットって名前を大事にしていたのって……」
初めの頃、私はショシャナットという名前を覚えられず、何度も何度もショシャナットに自分の名前を繰り返させた。まぁ、私がやらせたんじゃなくてショシャナットが自分からやったことだから言うんだけど……
「もちろん、だってあたしの名前は、私のママたちからの最初の贈り物だから。ショシャナット。スズラン。平和と幸福を願う心優しいゴーレム人形になりますように……おかしいよね、ゴーレム人形には心なんて無いのに」
もしも、ショシャナットがゴーレム人形ではなく、普通のウシのケモノ族だったら泣いていたのだろうか?
「おわった」
チュチュがそう言うと同時に、ショシャナットの周りの空気が淡く光り出す。
「ショ………シュ………」
なんと呼んでいいのか一瞬分からなかった。彼女はもう、ショシャナットじゃないんだから。けれど、死を望まれた名前で呼ぶのも躊躇われた。
そんな私の気配を察したのか、ゴーレム人形はくるりと振り返る。そこには、いつもの笑顔があった。
「リリス、チュチュ、シヴァ。あたしの名前は、シュリギット! よろしくね」
そしてシュリギットは淡い光とともに土へと還っていった。
あなたの死を望みます。
希望。
私がシュリギットという名前に込めた思いは、その二つを掛け合わせたもの。
「次の命に希望を持って行け。それを忘れないために、お前にはその名をつけたのだから」
小うるさい女が一人いなくなって静かになったシャローム地下都市には、シヴァのわんわん泣く声だけが、響き渡った。




