キミがありがとうなんて、気持ち悪いね。
飛び込んだ私は、チュチュに届かず、地面に滑り込んだだけだった。
摩擦で膝や腕が擦れたが、痛みなんて感じない。
ショシャナットが、チュチュを目の前で殺そうとしている。私じゃ間に合わない。
私じゃショシャナットを止められない。
と、その時、
「待って!!」
高い位置から叫ぶ声が聞こえた。
見上げると、れいの塔の上、小さな小窓からシヴァが見えた。金色の粉に全身を覆い、小さな体でスルリと小窓を通り抜けると、塔から飛び降りた。
「ちょっ、シヴァ!!」
落ちる!
そう思ったが、シヴァは急落下というよりは、ふわりと羽が舞い落ちるようにして、やがて私とショシャナットの間に足を着けた。
妖精の粉が、まるで天井の光と共に降ってくるようにキラキラと金色に輝くその姿に、私もショシャナットも思わず見入ってしまっていた。
「ショシャナット、やめて。もう終わりにしよ? 君の役目は……ううん、君たちの役目は、終わったんだよ」
「シヴァ、なにを言って……まさか!」
「うん。あの子は上で寝ているよ。ボクがあの子を縛り付けていたキカイを壊したから、もうこの塔は普通の塔だよ」
シヴァ、やったんだ。やってくれたんだな。
私の願い──シャローム地下都市に真の平和をもたらすこと。
そのために、シヴァは塔のシステムを破壊し、その核を解放してくれたんだ。
「シヴァ、」
胸から太ももにかけての土埃を払い、やり切ったシヴァに歩み寄る。
「ありがとな」
私の願いを叶えてくれた、一歩踏み出してくれた、シヴァに感謝を伝える。
「キミがボクにお礼を言うなんて、なんだか気持ちが悪いy……うグッ……ゲボっ……」
「えっ……」
えええええええ!?
吐いた!? 私がシヴァに感謝したら、こいつ本当に吐きやがった!?
「お、おい! なにも本当に吐くこと無いだろ! 失礼にも程があるぞ!」
つーか、本当になんで私が感謝したくらいで吐くんだよ!
そ、そんなに気持ち悪かったか? な、なんか流石に傷つくわ……
「ち、違うよ……きもちわるかったのは……塔の中が、すごく嫌なモノがいっぱいで……立っているだけで……も死にたくなるくらい」
「嫌なモノ?」
うっ……酸のにおい。
顔真っ青……
顔色が悪いのは元からだったが、こんなにも一瞬で酷くなってる。
「うん。あの中にいたら気が変になりそうだった。気がつくとボクは、“死にたい”ってずーっと言ってた」
“病み”が発動したのか。
そうか、塔はシャローム地下都市の市民たちの“負の感情”が集まる所。それが溢れ返って、塔の上は入るだけでその“負の感情”に精神を蝕まれていくんだ。
けど、そんな場所でよく、あのシヴァが役目を果たして戻ってこられたな……
「それで、お前はどうしたんだ?」
「ボク、魔法を使って自分を殺そうとした」
「……」
「けど、直前でキミたちの顔が思い浮かんで、帰りたいって思った」
口元の汚れを袖で拭い、立ち上がるシヴァ。
「それで魔法をぐっと横に曲げたら、塔の中が壊れてくれた」
「……って、まぐれかよ! ちゃんと自分で役目を果たしてこいよ!」
「まぐれじゃないよ! ボク、ちゃんとできたもん!」
「ちゃんとやるってーのはな! 自分の意思でやろうと思ったことを実行することを言うんだよ! お前のはただ魔法が暴走してたまたま上手くいったのと変わらねぇんだよ!」
「そ、そんなぁ。ボク、ちゃんと、うまくできたと、思ったのに……ボクは、やっぱり、なにもできないの?、できない? できない、できない、できない、できないできないできないできないできないできないできないできない……」
あああああ!!
もう、めんどくせぇ!! せっかく病みを克服したと思ったのに違ったのかよ!!
「できないできないできないできない……」
「……はぁー」
ああでも、今のはわたしがちょっと悪かったかもな。
「できないできないできない……………ふぇ?」
こういう時、チビや小動物は頭を撫でてやると落ち着く。
「な……なに?」
って、なんで声そんなに震えてるんだよ。
……あぁ、なんにも言わないと怖いのか?
「ったく、本当にめんどくせぇな、お前は」
「……ふぇっ、えぐっ……」
ああ、今度は泣き出した。
ほんと、めんどくせ。
「けどまぁ、よくやったな。えらかったと思うぞ」
「えっ……」
あーもう、らしくないことさせんなよな。
女の頭なんか触りたくなかったが、まぁ私の願いを叶えてくれたわけだし、ちょっとは悪いと思ったから泣き止んでもらわねぇとこっちの寝覚めが悪いもんな。
ちょっとした沈黙のあと、気まずいながらもチラッとシヴァの方に目をやると、シヴァの大きな目と目が合った。そして、薄い唇が動き、
「やっぱりキミがありがとうなんて、気持ち悪いね」
そのまま髪の毛を引っ掴んでやろうかと思うようなことを言いやがった。
「んだと、こらシヴァ! 人がせっかく感謝してんのに気持ち悪いとか言うんじゃねーぞ! 」
「だだ、だってキミいつも怒ってばっかりなんだもん」
「それはお前が空気読めねぇことばっかり言うからだろーが!」
「く、空気は読むものじゃないんだもん分かんないよぉ!」
「ベタなボケかまして逃れようとしてんじゃねぇ!」
あーもう! これだから無知なロリは!!!
「あのぉ……」
「ああ?」
あ、ショシャナット。忘れてた。
ってわけじゃねぇけど、シヴァが私の願いを叶えてくれた──つまり、ゴーレム人形ショシャナットを縛り付けていたシステムが無くなったことで、ショシャナットはどう出るのか、少なくとも私たちの方はもうショシャナットを破壊する理由がない。
「シヴァは、何をしたの? あたし達の役目が終わったって……」
「ん? ああそうだな。シヴァ、ちゃんと説明してやれ」
「う、うん。わかった」
ショシャナット達、つまりシャローム地下都市の、偽りの平和を作っていた塔のシステム。その核となっていた二人の少女の解放。
私が叶えてもらった願いを、シヴァは語り出す。
新しいお話を書いています。
アップする予定はありませんが、楽しい♪




