私の願いは、お前が叶えろ。
割と戦い慣れしてきた私にとっては、ショシャナットvsチュチュの戦闘等の間を縫うことは、容易くはないが、できないことは無かった。
そして私は、塔の入口の階段に座り込むシヴァのもとへたどり着いた。
シヴァは、震えていた。
「おいシヴァ」
「ねぇ……ど、どうしよう? ボク、ボク……」
「落ち着いて聞け、シヴァ」
“病み”が発動しそうになるシヴァの上下する肩を抑え込む。
シヴァの“病み”は、心の闇だ。
誰もが持つ負の感情だ。
シャローム地下都市のゴーレム人形、ショシャナットでも剥ぎ取ることが出来ない深い傷だ。
それが、シヴァをこんなにも苦しめる。
消えなくていい。忘れなくていい。トラウマになったっていい。
だけど、呑まれるな。初めは一人じゃ難しいかもしれない。真っ暗な中でどっちへ進めばいいのか分からないかもしれない。
ショシャナットはシヴァに願いを込めて踏み出す勇気を与えた。
──ウシのあたしが飛べるなら、シヴァは何だってできる。
シヴァはあの時、ショシャナットを羨ましそうに見ていた。自分もああなりたいと言った。
あの言葉が本当なら、シヴァも飛べるはずだ。
妖精の粉でウシが飛べるなら、羽のついた妖精自身が飛べないはずはない!
「シヴァ、お前は妖精の粉を使ってこの塔の最上階まで上れ。飛んでいれば、階段のカラクリなんて関係無く上まで行けるはずだ。そこで、お前にやってもらいたいことがある」
「え? ボクに……?」
無理だと言わない。
よし、一歩前進。
「そうだ。シャロームの舞で私の優勝賞品が、このシャローム地下都市の偽りの平和を壊すことだったのは覚えているな?」
シヴァはコクリと頷く。
「私の願いは、お前が叶えろ」
「えっ? ま、待って。キミは記憶を奪われてまだ思い出していないのかもしれないけど、ボク、さっき思い出したんだ。それで、その……ショシャナットがゴーレム人形さんだったんだ……」
認めたくなさそうに言うシヴァ。
「だから上に行っても意味無いよ」
「いや、私も全部思い出した。昨日の出来事、全部」
そうか、シヴァも思い出していたのか。
ショシャナットの今の姿を見れば、思い出しても不思議はないからな。
「だからこそ、お前が行くんだ。私が解放してほしいのは、ゴーレム人形じゃない」
大量の負の感情のタンクとなってる塔のシステムは、浄化する者を塔に縛り付ける。
だが、浄化する者であるはずのショシャナットは今、外にいる。
私はある可能性をシヴァに話した。
「そ……そうなの………?」
シヴァにはそれが誰か分からないだろう。だが、今ゴーレム人形の代わりに塔の上で苦しみ続けている存在がいることは理解したようだ。
「昨日の魔法文字を解読して私が考えたことだから、本当かどうかは分からない。けど、もしそうならお前が行ってやれ」
「う、うん……」
きっとそこにいる。シヴァを受け止めてくれたアイツが。
「よし、行け」
伏し目がちなシヴァ。正直言って私は早くショシャナットとチュチュの方を何とかせねばと焦っている。
「ひ、一ついいかな……」
「なんだ?」
小さな声だったので、もう少しシヴァとの距離を詰めて聞いてやる。
「ご、ごめんなさい……」
「ん?」
シヴァは顔を下にしたまま謝った。
「ボク、昨日は勝手なことした。みんなを、危険な目に遭わせようとしていた。だから、ごめんなさい……それと、」
今から言う方が本命と言わんばかりに、シヴァは私の服の裾をギュッと握りしめる。段差に座っているシヴァの頭は、立っている私の太もも辺りだ。
「ボクをお部屋から引っ張り出してくれて、ありがとう」
赤みがかった頬は、青緑色の髪と対比されて、一層鮮やかに見える。
私の反応を待って、しがみつくようにするシヴァ。
そんなシヴァに私は……
「おいコラ、女は勝手に私に触んじゃねぇ!」
寄せられたシヴァの体を押し返すようにして剥がした。
キョトンとしたシヴァは間抜け面だ。
「それになぁ、私はお前に、謝罪やら感謝やらされる筋合いはねぇ。勘違いするな。私はお前が使えそうだったからチームに入れただけだ。だから使えないと思ったら部屋でも馬小屋でも、置いてっちまうからな! だからそんなことで感謝してんじゃねぇよ! 分かったらとっとと行け!!」
舌を噛みそうな勢いでシヴァを捲し立てた。実際シヴァは、付いていけず、目をぱちぱちさせていたが、ふと
「うん! 分かった!」
勇気の羽を広げ、細くもしっかりとした足取りで階段を駆け上がった。




