食欲って、人間変えるよね。
……
ん……
んん……
痛ってぇ……
えっとぉ、どうしたんだっけ?
確か、私は追い詰められてて、空からチュチュが降ってきて、巨大水饅頭が……ハッ!
「ミズタm……!!」
いってぇぇぇえええ!!!!!
痛い痛い痛い痛い!!!!!
これは痛すぎて死ぬレベル!
全身打撲、いや全身骨折してるよこれ!
痛みは感じるから死んではいない。けど、ヘタすると死ぬ!マジで死亡する5秒前!
しばらく全身を焼き尽くすような痛みに悶えた後、荒ぶる呼吸をゆっくりと整えた。
遠くで波の音がする。風が耳の横をかすめて笛が鳴るような音を立てる。鳥の声が平和を象徴している。
「痛い、ってことは本当に生きている……私、生きてるんだ」
乾いた砂の感触を背中に感じながら、ゆっくりと目を開けると、オレンジ色だった。
一瞬それがなんだかわからなかった。
わからなかったが、美しい。
とても美しい。そう思った。
「空だ」
黄昏時の、金色の空。
あの世へ行った命の光が、ほんの一瞬、幻想的な空間を作り出すマジックアワー。
私が今、大の字で横たわっているのは、おそらく今まで巨体ミズタマと死闘を繰り広げていた砂浜。
そこに寝転んでいられるということは、もうこの砂浜にミズタマは居ない。
勝ったのだ。
私たちの初めての依頼。
生死をかけた運命のやり取り。
それに私たちは、勝ったのだ!
※ ※ ※ ※ ※
勝った。
あの巨体ミズタマに、勝った。
じわじわと実感が湧いてくると、喜びと同時に……
──ぎゅるるるるるるるるぅ〜
「おなかすいた……」
そう言えば、異世界転生してからろくなものを食べていない。
そのうえこの重労働。
勝敗が決し、生き残った末は餓死。
なんて、ちっとも笑えねえぞ?
その時、何やらバターに醤油を焦がしたような香りが私の鼻をくすぐった。
「クンクン……なんだ、この香ばしい香りは!」
痛む体に鞭打って、私はゆっくりと体を起こす。
すると、目と鼻の先に海の家があることが確認できた。
そして海の家の外ベンチに腰掛ける水色の少女。
間違いなくチュチュだ。
だが、服装が違う。
簡単な麻布のパジャマのような服装をしている。
おそらく、依頼主が貸してくれたのだろう。
あいつ、下着だけだったもんな。
チュチュがベンチに腰掛けると、足が地面から浮いて、プラプラと持て余している。
しかしその両手は、持て余すことなく塞がっていた。
チュチュが両手に持っているのは、青い模様の丼鉢。
その丼鉢の中には、新鮮なお刺身がギッシリと敷き詰められ、チュチュはその上にバターと醤油に似た調味料をかけ、スプーンで食し始めた。
「おぉ、桃色の嬢ちゃんもやーっとお目覚めか」
いきなり私の前に現れたのは、依頼主である漁師の爺さん。
「待ってな、おめぇさんにもアレこしらえてやるからよ。
ヨダレ拭いて待っとけ」
ワハハハっと、豪快に笑う爺さんの言葉に私は慌てて口元を拭っていると、爺さんは海の家へ入っていった。
──ぎゅるるるるるるるる……
再びお腹の虫が鳴いた。
私は自分のお腹を自分で撫でて落ち着かせると、ゆっくりと立ち上がり、海の家の外ベンチまで歩いた。
相変わらず全身に焼けるような痛みが走ったが、なんとか歩けたってことは、全身骨折はしていないらしい。
いや、もしかしたら空腹のせいで極限状態パワーが引き出されて今歩けているだけかもしれないが、真相はお腹を満たしてから確認するとしよう。
とにかく今は、一刻も早く何か口に入れたい。
依頼主の爺さんは、たった今船から魚を持ってきたところだ。
新鮮な魚を!との配慮かもしれないが、気を使うのなら1秒でも早く何でもいいので食べさせてほしい。
空腹で頭がガンガンしてきた。
視界がグルグル回り、空っぽの胃から酸っぱいものがこみ上げてくる。
お腹と背中がくっついて離れなくなりそうだ。
だから……こんな状態だっただから、私の頭はおかしくなっていたのだ。
きっとそうだ。そうに違いない。
そうでないと、説明がつかない。
私はチュチュの座るベンチの前に膝をつき、両手をチュチュの両サイドに着くと、こんな妄言を吐いていた。
「1口ください!」