リリスの記憶、チュチュが預かった!
地面まで着く長い髪は、団子ヘアにしていたからか、うねっている。
その乳白色の髪の間からニュっと横に延びる太い半透明な角。
片方だけ団子が崩れて不格好になったショシャナットは、地面に落ちたスズランの髪飾りを素早く拾い上げると、一旦チュチュから距離をとった。
「よくも、やってくれたね」
ショシャナットから、怒りに満ちた魔力がブワッと溢れ出たのが、片手でショシャナットに抱えられて眠るシヴァのクセ毛の動きでよくわかる。
私とチュチュが踊ったゴーレム人形と冒険者の歴史が忠実ならば、冒険者がゴーレム人形にあげた花はあのスズランの髪飾りのことかもしれない。
だとしたら、あのスズランは冒険者からショシャナットへの大切な贈り物。
「シヴァ、ちょっと降ろすよ」
記憶を奪われた反動で眠るシヴァを、地面の端の方へ寝かせるショシャナット。
これは、ショシャナットは今から本気を出すということだ。
ショシャナットの周りの砂だけ、歪な動きで巻き上がる。
血走った目は、殺る気満々の闘牛そのものだった。
一方チュチュは、無理をした脚にガタがきだしたのか、変な冷や汗をダラダラ流して妙に息が荒い。
魔力ももう残り少ないだろう。
「だめだ……」
このままだと、チュチュが負ける。
「ダメだチュチュ!」
「……リリス?」
“攻めの姿勢”で殺る気満々のチュチュ。だが、左足がまた折れたのか、ぐにゃっと歪なシルエットで立つチュチュを見ていると、不安や絶望といった、負の感情の波が私に押し寄せた。
「逃げろ、チュチュ!」
この負の感情も、ゴーレム人形のシステムに吸い取られることだろう。
吸い取らせてたまるもんか!
「解読文書はカードの中だな?」
チュチュはこくりと頷く。よし、冷静さは失っていないようだ。
「残りの魔力、全部使ってでもパワーブースターを全開にして逃げろ」
「あれ? チュチュ、尻尾巻いて逃げちゃうの? そんなこと、させないって」
──ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ
地鳴りとともに、チュチュの足下の地面が大きく波打つ。
「逃げろ、チュチュ!」
だが、チュチュは逃げない。
あくまでショシャナットと戦うつもりだ。それは、“攻めの姿勢”もあるんだろうが、たぶん私を置いていけないのだろう。
「私のことはいいから! 私も多分記憶を消される。けど、振り出しに戻ったらダメなんだ。だから“コレ”は、お前が覚えていてくれ!」
でも……そう言いたげなチュチュだったが、なかなか余裕が無い。
──バキッ
岩の間に盾を突っ込み、穴を広げていた成果がやっと出た。
私の体を挟み込んでいた岩に亀裂が入り、私も岩石封じから脱出。
盾を構えてショシャナットに今度こそ突進をくらわせる。
体のバランスを大きく崩させる、トロワに習った技だ。
「チュチュ! ───」
そして私は、あるコトを耳打ちし、チュチュに託す。
「私の記憶、お前に任せた!!」
何か言いたそうに口を開きかけたチュチュだったが、ぐっと飲み込み、頷く。
「させない!」
ショシャナットが何かチュチュにしようとするのを、飛びかかって止める。
「リリス! リリスの記憶、チュチュが預かった!」
けっ、誘拐犯みてーな言い方すんじゃねぇよ。
パワーブースター出力全開。
地面を一蹴りしたチュチュは、あっという間に遥か遠くへと瞬間移動のように見えなくなっていったのと、私の視界が暗くなっていったのは、ほぼ同じ速度だった。




