ショシャナット戦、壊せば、いい?
どこから現れた?
「ショシャナット!」
シヴァは、ショシャナットに抱きつく。
「おおお! シヴァがやっとあたしに懐いてくれたよ! 見て見てリリス~!」
よしよーし、と言いながらシヴァの頭を撫でるショシャナット。
ケモノ族は五感が優れている。
特にショシャナットが地獄耳なのを、私はよく知っている。
さっきの話、聞かれたか?
「壊せば、いい?」
「え?」
“ドレインタッチ”で蓄めた私の魔力は、“ドレインタッチ逆バージョン”でシヴァに渡した。そして、シヴァは“ヒール”で私の“ドレインタッチ”を加速させ、少ない私の魔力タンクが満タンになると、私の魔力は全部、チュチュに魔法文字を“鑑定”させるのに使わせるため渡しきってしまった。
つまりこの時点で、私の魔力は0だが、シヴァと、最後まで魔力を使い切らずに魔法文字を読めるところまで“鑑定”しきってしまったチュチュには、少ないながらも魔力がある。
「ま、待てチュチュ、ダメだ。まだ壊さない」
まだヒビの入っている脚を、パワーブースターで無理やり固定して立たせ、戦闘態勢に入ろうとするチュチュを制止する。
「そ、そうだ。ショシャナット逃げて! あの子たち、君を殺すつもりだよ!」
ショシャナットにしがみついていたシヴァが、ショシャナットから手を離し、ショシャナットが逃げられるようにした。
だが、ショシャナットは逃げるでもなく、動じるでもなく、ただニッコリと笑った。
「ありがとう、シヴァ。けど、どうしてシヴァはあたしを助けてくれるの?」
「そんな悠長なこと聞かないで、早く逃げて!」
どうする、この状況?
いつでも戦闘態勢に入れるという様子で私の方を見るチュチュ。
ショシャナットを逃がそうと必死のシヴァ。
なぜ今そんな質問をしたのか、よく分からない余裕を醸し出すショシャナット。
私は、どうするべきなのか?
「早く! ショシャナット、殺されちゃう!!」
シャロームの舞の賞品で、私がゴーレム人形の解放を願った時、ケモノ族達は自ら平和を手に入れることを望んだ。
そして、ショシャナットを作った冒険者達は、ケモノ族達が偽りの平和に気がつき、真の平和を求めた時には、ショシャナットの破壊をするようにと記した。
「くそっ!」
やけくそ混じりに、私は走り出した。
「どけぇ! シヴァ!!」
冒険者カードから、私の盾を取り出し、ショシャナットに体当たりする。
だが、
「うわっ!!」
「もう、ちょっと静かにしてよリリス。今あたしはシヴァとお話しているの」
なんだ、これ……魔法!?
突然、岩石が現れて、盾と私の動きを挟み封じた。
「リリス!」
背後のチュチュが、冒険者カードからショートソードを取り出し、パワーブースターのスイッチを入れたのが、凄まじい魔力の“気”で分かった。
「チュ……チュ!」
岩石が肺を圧迫して苦しい。
「おっ、チュチュはちょっと厄介そうだね。じゃああたしも本気出さないとダメかなぁ?」
地面が揺れる。
地震か? こんな地下都市で地震? あまり大きな揺れではないが、大丈夫なのか?
──ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ
……違う。
「チュチュ! 下だ!」
私の叫びと同時にチュチュが地面を蹴る。と、蹴った地面の所が地割れを起こしたが、それはチュチュのせいではない。
チュチュはショシャナットが起こした地割れを避けた勢いそのまま、ショートソードの先をショシャナットに向けて突進する。
ショシャナットはシヴァを抱えたまま、足元の地面を盛り上げ、チュチュはその土柱の真ん中を切るだけになった。
切られた土柱から飛び降りたショシャナット。
チュチュは間髪入れず、攻撃を続ける。
だが、どの攻撃も土を盛り上げ、鮮やかにかわさる。その土柱が邪魔で危うくチュチュは、その土柱にぶつかりかけ、片手で土柱を押すようにして何とか激突を免れているといった戦況。
「はっ!」
消耗戦になっては不利だと感じたチュチュが、気合の入ったひと振りをショシャナットに浴びせようとショートソードを振りかざす。だが、
「っ……」
チュチュの体を、岩石が封じる。
「ふぅ、やっと大人しくなってくれた。これでやっと落ち着いてシヴァと話せるよ」
チュチュも私も、身動きが取れなくなってしまった。
「ねぇ、シヴァ。さっきの質問だけど、どうしてシヴァはあたしの事を助けてくれるの?」
さっきから岩の間から這い出そうと試みるが、上手くいかない。
「だってそんなの、君が可哀想だと思ったから」
「どうして? シヴァには、あたしの気持ちがわかるの?」
「………」
「ああ、違うよ! 別に責めてるわけじゃないよ? ただ、シヴァはどうしてそんなに自分のことのように、あたしを哀れんでくれるのかなぁーって思って」
まるで、自分の子をあやすように語りかけるショシャナット。
未だ閉ざされたままのシヴァの心の扉の向こう側に語りかける。
「だってさっきの話、君はボクと似てるんだ」
「似てる?」
「うん。ボクは半年より前のことは全然覚えていないんだけど、初めて周りのものを見た時、すごく怖かった。ボクのせいで、全部壊れちゃうんじゃないかって。だからボクはお部屋を作って外に出ないことにしたんだ」
ヘルガーデンの最奥に引きこもっていたシヴァ。
半年前、シヴァは瀕死のリヒトを救えず、逆に破壊してしまいそうになった。
その恐怖は、頭で覚えていなくとも、体に染み付いている。
「ボクはボクがいることで、みんなの命を壊したくなかった。君は君がいなくなることで、みんなの平和を壊したくなかった。そこがちょっとだけ、似てると思ったんだ」
当事者でない私からしたら、何がどう似ているのか、よく分からない。
けど、そういうものだろう。わからなくて当然。むしろ、分かったつもりになってはいけない。
私は、当事者にしか分からない感覚を分かろうとする必要は無い。必要なのは、“そういった”当事者の理解者になること。味方になることだ。
だから私はシヴァに居場所はこっちだと示したのに……
「お部屋にいた時、ボクは一人じゃなかった。ボクはお花とおしゃべりできるし、森の動物さんたちと遊べたから。けど、君はきっとそうじゃない」
「そうだね。あの塔の上はカラッポ。なんにもないくせに、やたら“負の感情”だの“嫌な記憶”だの、目に見えない気持ち悪いもの、痛いものは沢山ひしめき合っている」
「じゃあ、君はボクなんかよりもずっと……」
ずっと辛いんじゃないのか。
シヴァは最後まで言葉を続けられなかった。ショシャナットの辛さを、自分が口にしていいのか分からなかったからだろう。
「けどね、」
落ち込むシヴァとは対照的に、ショシャナットはパッと目を輝かせた。
「あの塔からは、このシャローム地下都市の全部が見えるの。 屋台は賑やかで、ケモノ族達はにこやかで、そして毎年あたしのためにお祭りが開かれ、綺麗な踊り子たちが美しく舞う。そんな都市があたしは大好き。あの部屋があったから、あたしは夢を持てたんだよ」
「夢?」
「そう、夢。あたしはこの都市のみんなと平和な日常を過ごして、シャロームの舞で一番素敵な踊り子になりたいって思ったんだ」
ショシャナットは毎年のようにシャロームの舞に出場していたそうだ。まぁ、まんねん第二位だったそうだが。
……ん? 待てよ。
あの魔法文字は、塔とショシャナットの力は結び付けられ、ショシャナットは部屋から出ることは許されなかったはず。
「なら、なぜショシャナットはここに……?」




