リリス、思い出せませんか?
クジャトが言うには、ショシャナットが昨日の私達の記憶を奪ったらしい。
けど、何のために?
「ちょ、ちょっと待てクジャト。もう一度はじめからちゃんと話してくれ。何が何だかさっぱり……」
「リリス、シヴァさん、サル爺、それからチュチュさん。あなた達四人は昨日、ゴーレム人形を祀る高い塔の壁面に綴られている魔法文字を、チュチュさんの“鑑定”というスキルによって解読しました。そしてその後、ナンディー・ショシャナットによってチュチュさん以外の三人はその時の記憶を消し去られたのです」
チュチュが“鑑定”を使った? という事は、私がこれからしようと考えていた、シャローム地下都市で魔法を使う方法が既に実行され、成功していたということか?
そして、私達は魔法文字を解読したと。
けど、そこで何でショシャナットが出てきて、私達の記憶を消したんだ? そもそも、ショシャナットにそんな力があるのか?
「もちろん、リリス達はショシャナットに抵抗しました。が、ショシャナットの魔法は強力なものでした。魔力が殆ど無い状態のリリスとチュチュさんはマトモに戦えず、リリスとシヴァさんはチュチュさんを逃がすことにしたのです」
ショシャナットの魔法?
私達とショシャナットが、魔法でやり合ったって言うのか?
「リリス、思い出せませんか? 貴方はチュチュさんに全てを託して、チュチュさんを逃がしたのです」
チュチュに……
「……うっ」
また頭痛だ……
ショシャナットの角を見た時に感じた気持ちの悪さ。
クジャトの言葉で、頭の中を掻き回されている感じがする。
乳白色の長い髪。横に伸びた角。血走った目。
土の匂い。消えゆく視界と思考。蘇る、その言葉は──
──私の記憶、お前に任せた!!
「うぁっ、うああああ!」
記憶というのは、たった一日分でも物凄い量だ。ビデオを早送りで流し、その一つ一つのフィルムを全て脳裏に焼き付けられていく。
「リリス! 大丈夫ですか!? リリス!」
クジャトの声と同時に、記憶が今に追いつく。
「……は、ははっ……」
「リリス?」
任せた、か。
「全部思い出した。魔法文字の事も、ショシャナットの正体も」
魔法文字は、ゴーレム人形について。
そこに刻まれていた文字の一部が、ショシャナットの背中に刻まれていた文字と同じだった理由も、全部、全部。
「それで、あれからチュチュは? クジャト、お前さっきチュチュの居場所を知ってるって言ったよな? チュチュはどこだ!?」
「そ、そんなに慌てなくても大丈夫です。チュチュさんは僕達の家にいます」
「まて。さっき私はお前達の家に行ったぞ。なんでその時は何も言わなかった?」
「まだその時はリリスの状態も把握出来ていませんでしたし、ショシャナットの居場所を特定できていなかったので。ショシャナットとリリスを離した上でリリスに事実を告げなければ再び記憶を消されて、チュチュさんの身の安全も危うくなると考えたのです。今は、クジャナがショシャナットの監視を行っています」
なるほどな。
クジャト達の選択は正しい。ショシャナットの能力が未知数である以上、警戒は怠らないべきだ。
「けれど、これからどうしましょう……」
魔法文字の最後のワンピースが解読できていない私たちは、ショシャナットに対抗する手段を知り損ねた。けれど、立ち止まっては先へ進めない。
「とりあえずチュチュの所へ案内してくれ。話はそれからだ」
私とクジャトは、駆け足で、チュチュの待つクジャト達の家へ向かう。
走りながら鮮明に思い出す、昨日の記憶。
ナンディー・ショシャナット。
乳白色の長い髪をうねらせながら、まるで闘牛のように襲いかかるその姿。
ケモノ族の身体能力に加え、あの土魔法の威力。
さすがは、このシャローム地下都市にニセの平和を作り上げた二人の冒険者達の傑作だと思ったのだった。




