─が空を飛べるなら。
シヴァの“妖精の粉”を試すべく、飛台にちょうどいい崖のような丘を目指して歩いている道中、私はショシャナットにこっそり話しかけた。
「なぁ、なんでシヴァの実験体なんて申し出たんだよ? お前には何のメリットも無いのに 」
「ん? ああ、だってあたし、シヴァの事が気に入っちゃったんだ。だから、シヴァの力になりたいと思って」
「シヴァの力に?」
「うん。あのね、ケモノ族の中の、ある特定のケモノ族を揶揄する言葉を使ってるんだけど、あたしはシヴァに言ってあげたい言葉があるの。シヴァは自分に自信が無さすぎる。あたしは、もっとシヴァに色んなことをやってみて欲しいの」
シヴァに言いたい言葉?
それに、シヴァに自信を持ってほしい?
なんでショシャナットは、そこまでシヴァに……?
「ちょっとリリス、耳を貸して。あのね……」
あるケモノ族を揶揄する言葉を聞かされる。
そのケモノ族というのは、もしかして……
「なぁ、おm……」
「さぁ、ここだよ!」
私の言葉を遮ったショシャナットが両腕を広げる。
私たちが辿り着いたのは、地面から垂直に百メートルはありそうな高さの場所。
「ここなら思いっきり走って、ジャンプできるよ!」
「お、おい! こんなに高く無くていい。助走とか要らねぇだろうし、飛ぶのと飛び降りるのは違ぇよ!」
「あれれ? あたしのイメージと違った? けど、問題ないよ。せっかく来たんだし、パッパとあたしを飛ばしちゃおう!」
なんでそんなにコイツは飛び降り自殺がしたいんだ!?
チュチュか! お前はチュチュなのか!?
「ボク、や、やっぱりダメだと思う……」
こりゃーシヴァも尻込みするのも無理はない。
シヴァの記憶には無くても、心の奥底には、自分の魔法で他人を救えなかった、あるいは傷つけた事実があるのだから。
もし今回で、ショシャナットが怪我でもしてシヴァの記憶にもその事実が残ってしまったら、シヴァの病みは悪化するかもしれない。
「やっぱり中止だ。やるにしたって、こんなやり方でなくてもいい。失敗したら絶対に怪我するぞ」
“失敗”という言葉に、シヴァの顔が引き攣る。
それを見たショシャナットは、シヴァの両手を握る。
「大丈夫だよ、シヴァ。あたしを信じて」
なんで、どうして、ショシャナットはそんなにシヴァのために、そこまでやれるんだ?
「で、でもボク……」
「シヴァ。一歩踏み出せば、シヴァはもっと、色んなことができるんだよ。自分の殻に引き篭らないで。シヴァには、無限の可能性があるんだから」
なにを根拠にそんなことを言えるのだろうか? なんでそんなに必死なのだろうか?
今のショシャナットを見ていると、まるで自分ができないこと、諦めたことを後悔し、シヴァにはそうなって欲しくないと、そう言っているような気がした。
「わ、分かった。君がそこまで言うのなら、やってみるよ」
あまり気乗りしなさそうなシヴァだったが、最後には折れた。
「ほんと!? わーい!! ありがとね、シヴァ!!」
いったい何をそんなに喜んでいるのやら。
シヴァの両腕を掴んで、クルクル回りながら心底嬉しそうに笑っているショシャナット。
シヴァが脱臼するから、程々にしてもらいたい。
「よし。んじゃ、私の魔力をシヴァに移すぞ」
どうしてドレインタッチ(7)が習得できていたのか、未だに分からないままだがまぁいい。結果よければ全て良しってな。
「“我のもつもの 分かちたまえ 吸収せよ 我のものは彼女のもの”」
私の魔力が、シヴァへと流れていった。
「よし。んじゃ、“妖精の粉”を発動させろ」
シヴァは頷き、予め考えておいた“妖精の粉”の詠唱を唱える。
「“信じる心と夢を混ぜ、君は飛べる 信じて疑わなければ、翼が無くても、君は飛べる”」
シヴァのシルエットを薄ら覆っていた花粉が、キラキラと星屑のように輝き始める。
それに驚いて顔を上げたシヴァの動きに合わせて、湧き上がるように金色の粉が溢れ出た。
「おぉ! すごいすごい! シヴァすごくキレイ!」
ショシャナットの言う通り、これは私も少しキレイだと思った。
砂浜を飾る星の砂も、クリスマスツリーのオーナメントも、ライブで撒き散らされる銀テープも、このキレイな人形のような顔立ちをした幼女の煌めきの前では、どれも霞んで見えることだろう。
「ふぇ……」
ん?
「ふぇっちょん!!」
「………」
どんなに綺麗でも、花粉は花粉らしい。
「よし、いい感じにショシャナットに粉が掛かったな。さあ飛べ! ショシャナット!」
「今の流れでよく何も突っ込まず進行できたよね!? リリスはスルーの名人なのかな!? あまりに自然すぎて逆に不自然だよ! それとシヴァの鼻かんであげてくれるかな!?」
「おお!飛んでるぞショシャナット!」
「だから、なんでそんな綺麗にスルーできちゃうの!? あたしだから? あたしだからなの!? ……って、ホントだ! あたし、飛んでる!!」
お前もなかなかのスルーっぷりだと一瞬だけ思わされたが、なるほどノリツッコミ派か。
って、ショシャナットのツッコミタイプなんて、どうでもいい。
ショシャナットは高く、高く飛んで、その瞳にはシャローム地下都市の賑やかな景色を映し出している。
「シヴァ、見て!」
そして、キラキラした幼い笑顔をシヴァに向けて手を振ると、団子ヘアを留めているスズランの髪飾りをほどく。
長い乳白色の髪が大気に流されてサラサラなびく。
ショシャナットは、なんの動物なのか不明だった。尻尾は服に隠れて見えないし、葉っぱ型の茶色の耳だけでは見当もつかなかった。
しかし、ショシャナットの団子ヘアのしたから現れた、太くてニュっと上に曲がった角と合わせて見れば、それがなんの動物なのか良くわかる。
「ウシのあたしが飛べるなら、シヴァはなんだってできる!」
驚いて口をあんぐりさせているシヴァ。
「“牛が空を飛べるなら。”──ありえないこと、不可能なことを言う時、ケモノ族はこう言うそうだ。だからショシャナットは空を飛んで、お前に今の言葉を伝えたかったんだな。思うままにやってみろ。って」
逆光の光の中、ウシのシルエットが浮かび上がる。
その輪郭をなぞる光が、ショシャナットの笑顔をより一層眩しいものにする。
「ボク、」
自由に空飛ぶウシを、少し眩しそうに目を細め、目で追うシヴァ。
「なにかする時、いつもいつも何故か怖かった。できっこない、失敗しかしない。そうとしか思えなかった」
得体の知れない恐怖。自分の行動で、周りも自分も傷つけてしまう。シヴァの過去の記憶は無いけれど、恐怖は心の奥底に染み付いて、今もシヴァを雁字搦めにしている。
その鎖が重たくて、顔を上げることすらできなくて、自分で自分の鎖を締め付けて、一人苦しんでいた。
私に勇気を教えてくれた木魔法の迷宮、ヘルガーデンの最奥に引きこもっていたシヴァには、勇気を出すことがなかった。
一人部屋に引きこもっていた。
けど、シヴァは出てきた。
「だけど今のショシャナットを見てると、いいなって思う。ボクもショシャナットみたいになれるかな……」
なれる。
あとはショシャナットの言うとおり、もっと自由に色んなことを思うまま、やってみるだけだ。
「よっと、」
ふわりと地面に着地したショシャナット。解いた髪は、地面に着くほど長かった。
「どうだった? あたしの飛行は! かっこよかった? すごかった? ねぇねぇどうだった??」
「う、うん。すごかったよ」
興奮冷めやらぬまま、シヴァに感想を迫るショシャナット。ちょっと圧倒されるシヴァ。
「そ、それにしても君、ウシさんだったんだね。知らなかったよ」
「え? あ、うん。そうだよ。あたし、水牛のケモノ族、ショシャナット! よろしくねっ」
もう名乗らなくたって覚えたってーの。
ったく、どんだけ自分の名前が好きなんだよ。
二本の白い角。その角にスズランの髪飾りを付け直すショシャナット。スズランの花はショシャナットのシンボルマークだな。
「……??」
団子ヘアにしていて、うねっている濁流のような長い髪。大きく横に伸びた太い角。揺れるスズランの髪飾りに、茶色の葉っぱ型の耳。
頭痛が……
なんだこれ、なにかもどかしい。
ここまで何かが出かかって、何かに押さえ込まれている感じだ。
今のショシャナットの姿を見ると、なにかが思い出せそうで思い出せない気持ち悪さに襲われる。
私は……いや、私たちは、なにか大事なことを忘れている。
牛が空を飛べるなら、
というのは、フィンランドかどこかの諺?で、他の国では“ブタが空を飛べるなら”というものがあります。
ディズニーのアラジンや、ふしぎの国のアリスでブタがよく空を飛んでいますね!
ありえないことの例えだそうな。
さてさて、庵の今年の投稿はここまでになると思います。
みなさま、今年1年ありがとうございました!
庵はとても充実させていただきました♪
来年もどうぞ、よろしくお願い致します。
良いお年を♪☆彡.。




