キスについて話すんです!
男の頼みとして、クジャトは私に、チュチュと話をさせてくれと頼んできた。
マンガ、アニメに精通する私が知る限り、頬を染めながらそう言うセリフは決まって色恋沙汰に発展させるために踏み出した、勇気あるモブのセリフだ。
まぁ大抵はドSヒロインに、こっ酷く玉砕されるのがオチで、ヒロインの性格を表現するためだけに描かれる哀れな男のワンシーンなのだが。
「えっ、え? なんだって?」
「僕はチュチュさんとどーしてもお話がしたいのです」
「そ、それまたなんで? お前、チュチュと何を話すつもりだよ?」
な、なんでちょっと動揺しているんだ私は?
私が動揺する言われは一切ない。それに、まだクジャトがチュチュに恋心を抱いて私をきっかけに近づこうとしていると決まったわけじゃない。
「キスについて話すんです!」
「飛ばしすぎだ!!」
アカン。思っていたよりもクジャトは男になりすぎたらしい。
つーか、チュチュとクジャトはほぼ初対面になるわけだろ? そこでいきなりキスについて話すなんて、どんな変態ヤローだよ!!
まずい。ここで私がそのまま了承を出してしまったら、クジャトがキスについて誰これ構わず語る変態になっちまう。
そーれーにーだ。相手はあのキス魔チュチュだ。キスの話だけで留めておくつもりだったクジャトに対して、チュチュがクジャトの唇を奪ってしまう事も可能性はゼロではない。
このままだと、クジャトが危険だ!!!
「だ、ダメだダメだそんなの! クジャト、早まるな!」
「僕は本気です。なんなら、チュチュさんの願いは僕が全身全霊で叶えるつもりです!」
あっかーーーん!
「そ、そもそもお前はチュチュとちゃんと会ったことも話したこともねぇだろ? あいつはな、恐ろしい女なんだぞ!」
「え、チュチュさんって、そんなに怖い人なんですか?」
よ、よし。チュチュの好感度下げ下げ作戦だ。
「そうだぞ。アイツのせいで私は幾度も死に目にあった。粘液の海に引きずり込まれたり、三階から飛び降りさせられたり、弱いくせに強い敵の前に出て行ったり、無茶して怪我するし、負けず嫌いで無謀な戦いに挑むし、危機管理がなってないから私が見てやらねぇと危なっかしいし、身体弱いし、体力も筋力もねぇし、もうほんっと、最悪だぞ!?」
決まった。これだけチュチュの悪評を吹き込めばクジャトも引いて……
「クスッ……」
え? なぜ今笑った??
「すみません、リリス。けど、」
「けど?」
「リリスはチュチュさんのことがとっても大事なんですね」
コチコチコチと、どこからか振り子時計のような音がする。
ギラギラして、目にうるさいクジャナの部屋に、沈黙が流れた。
その沈黙が、私の頬を熱くした。
「……んなっ!! なんでそうなるんだよ!! 全然、そんなことねぇーし! チュチュが大事?私が?? ケッ、笑わせらァ! ちげーからな! あいつは使えるから面倒見てやってるだけだし! 全然大事じゃねぇーし! これ以上馬鹿なこと言うと、お前のもう片方の羽も折っちまうぞ!」
「ええっ、それは困りますけど……クスッ」
「あああまた笑ったな!! 本当に大事なんかじゃねぇから! なんだったら、今すぐにでもチュチュをお前にくれてやるよ!」
「い、いえ。僕はチュチュさんとお話だけできればそれでいいので」
「はぁ? 冷めるのはえーな! 男なら、一度好きになった相手を簡単に捨てるんじゃねぇよ! ギャルゲーはまず一人目ルートをクリアしてから次にいけよ!」
「んん? ちょっと待ってください。色々と分からないところが……」
「あーもう、最後のは知らなくていいから!」
「えっと、リリスの中で、僕がチュチュさんを好きって事になってます??」
「さっきそう言っただろ!」
「言ってませんよ!!」
??? あれ、そうだったか??
「えーっと、どこから話がこじれた?」
「それはこちらのセリフです。僕はただ、チュチュさんがシャロームの舞で優勝した時の賞品として、リリスさんとのキスを願ったことを一昨日知りまして、それでその最高のシチュエーションをクジャナのデザインで飾らせてもらえないかと頼みたかったのです。もちろん、チュチュさんのお眼鏡に叶わないのであれば、僕が全身全霊でチュチュさんの願いを叶える覚悟でいるつもりです」
「………」
早とちった。
「そ、そうか。そういう事だったのか。よかった、よかった」
心底ホットした気がした。
これはきっと、クジャトが危ないヤツでないと判明したからだ。ほんと、よかった。
「そういう事なら早く言えよな。ったく、とんだ勘違いをしちまっていたじゃねーか」
独言のように呟く私に、クジャトは首をかしげている。
「……ん? おい、なんで私がチュチュとキスする事が確定しているんだ! しかも、それをクジャナがプロデュースするだァ!? ふっざけんな!!」
「格式あるシャロームの舞にて、優勝者自らが発表した願い。誰もふざけてなんかいません。リリスはクジャナのプロデュースでチュチュさんとキスをするのです」
「いやいやいや、決定したみてぇに言うな!」
「決定です。男に二言はありません」
くっ……
「と、言うわけで僕はチュチュさんの所へお話をつけて参ります。リリス、クジャナを頼みます」
「頼みます? ちょ、おい!」
バサっ、と虹色の羽を広げ、クジャトは七色の光が差し込む窓を蹴って、飛んでいってしまった。
「行っちまった……」
男になった途端のクジャトの代わり様。これは余計なことをしてしまった感が否めない。
「ん? 一昨日??」
シャロームの舞が行われたのは昨日の事だ。
なのにさっき、クジャトは一昨日、チュチュの優勝賞品を知ったと言った。
「ったく、鳥は三歩進めば何もかも忘れるって言うけど、三歩進めば昨日と一昨日を間違えるなんて聞いたこともねぇぞ」
やる気満ち溢れる、姉思いの男の姿を遠くに見ながらため息をついていると、再びバタンっと扉が開き、クジャナが戻って来た。
「あら? クジャトは?」
無言で窓の外を指さすと、クジャナは短く、「そう」とだけ言って、少し顔を綻ばせた。かと思うと、
「さあー、リリス。第2ラウンドよ。次はどんな衣装を着せ替えましょうかしら〜♪」
にまーっ、と満面の笑みを浮かべながら、女物の衣装を両手いっぱいに抱えた。
その後私は、クジャナの隙をついて逃げるまで、着せ替え人形にさせられたのだった。




