男なら、そんぐらいカッコつけたっていいんだよ。
「さぁリリス、私と踊ってくださる?」
長い爪に青いマニキュアを塗り、その上に、大きすぎるストーンを乗せ、更に指にはこれまた重そうな指輪をすべての指にはめた、常に筋トレ状態の手のひらが私に向けられる。
「なんで私がクジャナと踊らにゃならん」
「だって、リリスが綺麗だからですわ」
「答えになってない!」
どういう思考が繋がったら、そんな回路ができるんだ。
それに、クジャナの踊りはシャロームの舞の時に見たが、酷いものだった。
ガタガタ足取りはぎこち無く、上半身はブレブレ。
そもそもだ。ちょっと忘れかけてはいたが、こいつらは、自分たちが優勝するために審査員達を買収した卑怯者だ。
そんな卑怯者の、しかも鉤爪みてぇーな物騒な手をした女なんかの手を取ってShall we dance? に応じるかよ!
「では参りましょう。クジャト、音楽を流して頂戴な」
「ちょっ、私は踊るなんて一言も……!」
無理やり手を取られ、ワルツのような、優雅な音楽の流れに乗せられる。
クジャナが私に体を寄せながらステップを踏むもんだから、こっちも合わせてステップを踏まなければ足を踏むか踏まれるかしてしまう。
こんな高いヒールに踏まれたらと思うと必死で足を動かさないわけにはいかない。
「リリス、顔をお上げなさい」
足元ばかりに集中した私の目線を自分の顔に向けるように、クジャナは私の顎をクイッと、そのゴージャスな指で軽く押し上げる。
「ちょっ、やめろ! 足踏むぞ!?」
「大丈夫よ、絶対に踏んだりなんかしないわ」
どの口が言ってやがる。
シャロームの舞の舞台であんな醜態を晒していたペアの女が吐くセリフじゃあ……
流れ続ける音楽を纏わせるように踊る私たち。
その動きは決してぎこちないものではなく、初めて一緒に踊ったとも思えないほど滑らかなものだった。
あれ? 私って、こんなに他人に合わせて踊るの上手かったか?
ショシャナットとは死ぬほど練習をしたから上手く踊れるようになった。
チュチュとの踊りだって、練習もしたし、そもそも脚を怪我したチュチュは脚を動かさないのだから、踏むも何も無い。
いや、違う。私が合わせてるんじゃない。
「楽しいですわね、リリス♪」
試しに少し変則的なステップを入れてみる。
するとクジャナはクルッと私の体をターンさせ、見事に流れを繋ぐ。
間違いない。全部クジャナが私に合わせている。それも、驚くほど自然に、華麗に、優雅に。
そのまま私とクジャナは、一曲分を踊りきってしまった。
「お二人とも、お見事でした」
「ありがとう、クジャト」
なんという事だ。能ある鷹は爪を隠すとは言うが、能ある孔雀は爪を隠すなんて聞いたこともねぇぞ。
「おいクジャナ。お前、なんでこんなに踊れるのにシャロームの舞では下手くそだったんだよ」
「リリス、もう少しオブラートに包んだ物言いは出来ませんくて? まぁ、単刀直入なのは嫌いではないですけれども」
隠すつもりもなさそうな青い爪で、乱れてもいない髪を耳にかけ直す。
「お前は初めて組んだ私となのに、完全に私をリードしていた。なんでそんなことができる?」
「リリスとは体の相性が良かったのですわ♡」
「変な言い方するんじゃねぇ!」
ったく、この女女しているくせに口ばっかり達者でうるさくて、誰かに似ていると思ったらコレーだ。
あんの変態百合好き鬼死女神とケバケバクジャク女はそっくりなんだ。
くっそー、だとしたらクジャナも相当変態ってことになるぞ。
「と、まぁ冗談はさておき、」
冗談だったのか、よかった。
ここで冗談じゃないのがコレーだからな。クジャナはまだマシな部類らしい。……多分。
「リリス、お忘れ? 私達はシャロームの舞実行委員委員長の孫なのよ? 小さい頃から英才教育を受けているに決まっているじゃない」
なるほど、それもそうか。
「って、まて。じゃあ本当にシャロームの舞では本気を出さなかっただけってことか? それで優勝だけ掻っ攫おうとしてたってか? 感じ悪っ! えっ、マジ? 正気? 無いわー」
「ちょ、ちょっとお待ちください! クジャナは悪くありません!」
非難の目をクジャナに向けていた私の冷たい目線を遮るように、クジャトが私とクジャナの間に割って入った。
「どうしたクジャト? 姉を庇おうってなら、たとえお前が男でも容赦はしねぇぞ」
「庇うのではありません。買収行為は、僕一人が勝手に行ったことなのです!」
「なんだって!?」
私はてっきり、姉が主体となって起こした犯行だと思っていた。
クジャナの高飛車で、プライド高そうな所を見ればそう考えるのも必然。哀れな弟は姉の言いなりになっているものだと……
「いや、待てクジャト。お前、それもワガママで自己中で傲慢な姉に命令されて言っているんじゃあるまいな?」
「リリスの中で私はどんな鬼ですの……?」
クジャナでなくとも、女なんて基本そんな感じの鬼だと私は考えている。まぁ、多少の例外はあるが。
「違います。クジャナは大会直前まで買収のことすら知りませんでした。クジャナは僕が審査員を買収したことを知って、僕の羽を折り曲げるほど憤ったほどです!」
そうか、クジャトの羽が折れ曲がっているのは、クジャナにやられたのか。
「おいクジャナ! 男に手をあげるんじゃねぇ!」
「“弟に”の間違いですわよね?」
いや、“男に”だが、めんどくせぇからそういう事にしておこう。どっちにしろ変わらないからな。
「けど、なんでクジャトは買収行為なんて事したんだ? そんなにまでして叶えたい願いがあったのか?」
大会の時、クジャナとクジャトは優勝賞品に宝飾品をもらうと言っていた。
けれど、この家には腐るほど宝飾品がある。それでも足りないと言うのは別に構わないが、卑怯な手を使ってまで自分の欲を満たそうとする連中には、もう思えなかった。
「僕は……その……」
チラチラとクジャナの方を気にしながら口籠もるクジャト。
どうやらクジャナには聞かれたくないらしい。
それを察したのか、
「私、足の爪にラインストーンを付けるのを忘れていましたわ。申し訳ないですけれど、またしばらくお二人で待っていてくださいまし」
クジャナは豪華なバレーシューズに隠れて見えない足の爪にラインストーンを貼りに行くため、再び部屋を出ていった。
またクジャトと私だけが、クジャナの部屋に残された。
「んで? 姉は気を遣ってくれたようだが、話せるか?」
クジャトに、話の続きを促す。
小さく頷いたクジャトは語り出す。
「僕はどうしてもシャロームの舞で優勝して、クジャナに自信を持ってほしかったんです。けれど、シャロームの舞実行委員会委員長の孫ってだけで、世間の評判とは裏腹に、審査委員会では僕達の審査だけ厳しい目で見ることが決定していました。だから、ああでもしないと優勝は難しいと思ってしまったんです」
なるほどな。巷では、委員長の孫だから優勝は確実だの言われているが、委員長の孫だからこその障壁があったというわけか。
「初の舞台でもし失敗してしまったら、クジャナはデザイナーへの一歩を踏み出す勇気すらも無くなってしまうかもしれない。そうしたら、クジャナは完全にデザイナーの夢を諦めてしまうかもしれない。だったら、弟である僕が何とかしなくちゃと思って、やってしまったことなんです」
「けど、クジャナはクジャトの親切心に怒り、羽を折ったと。とんでもねぇ姉だな」
「……いや、僕が悪いわけですし。
結局、クジャナは自分への戒めとして下手な踊りを披露し、さらに大会後も、自ら悪役を演じました。そしてリリスとショシャナットを挑発し、その間に審査委員会に適正な評価を下すよう掛け合ったのです」
「えっ、そうだったのか!?」
二度目、つまり私とチュチュが大会に出て出した点数、100点は、クジャトが買収をやめさせたから適正な評価が下り、出されたものだったのか。
買収された審査員たちの意見を私達だけの力でひっくり返したわけではなかったのは少し残念だが、クジャナが陰でそんなことを……
「けどさ、クジャト。それはお前が悪いぞ」
「分かっていますよ。買収行為なんて卑怯な真似をして、大会を滅茶苦茶にして、許されるはずがありません。リリス達にも迷惑をかけてしまい……」
「いや、そうじゃなくて」
「?」
クジャトが不正を働いたことに反省しているのは十分わかった。
だから、私が言いたいのはそんなつまらないことではない。
「さっきも言っただろうが。お前の姉、クジャナは強い。それに、踊りだって上手い。どうしてクジャナを信じてやれなかった? お前はクジャナを信じるべきだった」
「それでも僕は、信じてダメだった時が怖かった。大切なクジャナの心が壊れていく姿を見たくはなかっt……い、痛いですリリス」
まだウジウジするクジャトに、私はクジャトの羽の折れたところを小突いてやった。
「お前なぁ、だったらそん時はお前がクジャナを支えてやれよ。男なら、そんぐらいカッコつけたっていいんだよ」
クジャナを大切に思い、守りたいと思うクジャトの気持ちは少し考えればすぐわかる。
だが今回は、やり方が女々しすぎた。男は男らしく、カッコつけているくらいが一番いいのだ。
「男になれ、クジャト」
「男に……」
クジャトの表情がみるみる変わっていき、私の言葉が響いているという手応えを感じた。
「リリス……そうてすね。ありがとうございます!」
よしよし、その目だ。いつまでも後悔を引きずって落ち込んでいるなんて男らしくない。
自分が一番輝いている姿に向かっていけば、自ずと道は開け、周りも輝き出す。
クジャナもクジャトもまだ若い。こんなところで負い目を感じて、貴重な若さを犠牲にしてもらいたくないからな。
まっ、これはサル爺の請け負いなんだけどさ。
「そこでリリス、男として一つ頼みがあります」
「おう、なんだ? 言ってみろ」
男として頼まれちゃあ、断れねぇな。無茶振り無理ゲーどんとこいだ。
「チュチュさんと、お話させてください!」
「……はい?」




