取り返しのつかないことになりそうだ。
どういうことだ?
ショシャナットの背中に刻まれた文字は、ゴーレム人形が祀られている高い塔の壁に書かれている文字の中の私がサンプルとして覚えてきた単語と一致した。
けど、あの文字って、昔の冒険者が独自に作った魔法文字だろ?
それこそ今となっちゃあ誰も読めも書けもしない文字。
それがなんでショシャナットの背中に?
「あー、気持ちよかったぁ。ついついいつもの癖で長風呂しちゃった。ごめんリリス待ったよね?」
私が出かけていたことを知らないという事はやっぱりずっと風呂に入っていたということか。
そしてその間にショシャナットの病みはすっかり消え去ってくれたらしい。
「まぁ別にいいけど」
どうしてショシャナットの背中に魔法文字が刻まれているのか、本人に直接聞けば一番早いのだが、裸を見られることを嫌っていたショシャナットにそのことを聞けば私が覗いたみたいになってしまう。
それは非常に不愉快だ。
「ん? どうしたのリリス、そんなにあたしのこと見つめちゃって」
「…! な、なんでもねぇよ」
「ほんとにぃー?」
しまった、顔に出ちまったか?
悟られては厄介だ。なんとか誤魔化さなくては。
私を怪しむショシャナットの目から顔を背けるように視線を窓の外へやると、夜になったシャローム地下都市の天井は夜らしく、薄暗くなっていた。
「なぁ、ショシャナット。このシャローム地下都市の灯りって、いったいどうなっているんだ? 地下都市だってのに昼間はちゃんと明るいし、夜は暗くなる。そのくせ光源が見当たらない。まるで天井全体が光っているみてぇだ。これはどういう仕組みなんだ?」
「ああ、それは魔法だよ」
「は?」
「えっ、ニンゲンってそんなに耳遠かったかな? 魔法だよ。魔法で光っているんだよ。って、媒体を通しているから正確には魔術になるのか。うっかり」
いや、いま重要なのはそこじゃねぇだろ。ってか聞こえてるし。
このローリアビテには、魔法と魔術が存在することは私も既に知り得た知識だ。
魔法は媒体を通さずに発動させ、魔法に適性がある者しか使えない。いわゆる私達がこれまで使ってきたスキルのことだ。
一方、魔術は魔法を媒体に通して誰にでも使えるようにしたり魔法を補佐できるようにしたのが魔術。チュチュの体力と筋力を補助してるパワーブースターも魔術の一つだ。
「魔術って、ここの魔力はゴーレム人形に吸い取られているんだろ? だったら魔法も魔術も使えないはずじゃないのか?」
「ところがどっこい、天井だけは例外で、外から魔力を供給しているんだよ」
外から魔力を供給している? どういうことだ?
私が首を捻っているとショシャナットはさらに説明を続ける。
「魔法や魔術は、魔力から発生するのは分かるよね。じゃあそもそも魔力って何? って話になるんだけど、リリスは魔力元素って言葉を聞いたことがあるかな?」
魔力元素。どこかで聞いたことがあるような無いような……いや、ある。
あれはミズタマとかいうモンスターと戦った時のことだ。
ミズタマは、体の内部に魔力元素を見えるまで大量に溜め込み、緩衝材として魔力元素の周りを水で覆ったモンスターだ。
ミズタマは溜め込んだ魔力元素をレーザービームにして発射し、私たちを攻撃してきた。
今思えば、ミズタマはどこから魔力元素をもらっていたのだろう?
自身の体内で作るにしても材料が必要なはずだが、ミズタマの中の魔力元素はまるで自然発生するかのようにポコポコと次々出来上がっていた。
「ああ、知ってるぜ。前に魔力元素で攻撃をしてくるモンスターと戦ったことがある」
「なら話は早い。魔力元素は『動物が生きるために必要な元素』『植物が生きるために必要な元素』『それらの緩衝材となっている元素』と一緒に空中にいつでも存在している。火の魔力元素も、水の魔力元素も、土の魔力元素も全部ね」
なるほど、地球でいうところの酸素、二酸化炭素、窒素がこのローリアビテにも存在しているから私たちは生きていられるというわけか。そして空気の中にはアルゴンや水蒸気があり、それに当たるのが各魔力元素というわけか。
空中にいつでも魔力元素が存在するならミズタマがどうやってポンポン魔力元素の塊を作っていたか想像がつく。
ミズタマは空中にある、見えないくらい小さな魔力元素を見えるくらいになるまで集めまくってたんだ。
「魔法が使えるひとっていうのは、この魔力元素を体内で魔力に変換する力があるひとのことを言うんだ。魔力を使える人の中にも光に適性があったり闇に適性があったりするのは、どの魔力元素を体内で変換できるかに個人差があるからなんだよ」
「私は火と闇に適性があったんだが、それは私の体が火と闇の魔力元素を魔力に変換できる体質だからってことか?」
「そういうこと。それで、実を言うとゴーレム人形はそういう人たちの、もう既に変換された魔力じゃなくて、シャローム地下都市の空中に存在している魔力元素を吸い取っているんだよ」
なるほど。そもそも魔力の元になる魔力元素をゴーレム人形はこのシャローム地下都市の空間全域から早々に吸い取っているから私たちは魔法が使えないって仕組みか。だんだん分かってきたぞ。
「で、なんで天井が光るのかって話だったよね。それはさっきも言った通り、天井それ自体が魔術道具で、シャローム地下都市の外、つまり地上からパイプを通して魔力元素を集め、それを天井に通し続けているから天井は常に新しい魔力元素でいっぱいになる。その魔力元素のうち、天井の魔術道具は光の魔力元素を利用することで光っているって仕組みになっているんだ」
「なるほど、よく作ったもんだ」
まぁ仕組みとしてはぶっちゃけ単純だが、シャローム地下都市全土を照らすだけの魔術道具の仕組みを作り上げたって所はなかなか骨の折れる作業だったに違いない。
初めのうちはおそらく真っ暗闇の中での設置作業になるだろうから夜目の効くケモノ族が活躍したことだろう。
まったく、平和のためとはいえゴーレム人形の影響は半端ねぇな。
「じゃあ、上手いことすればシャローム地下都市内でも魔法が使えるかもしれないってことか」
「まあそうだけど、そんな事したら折角ゴーレム人形がいるのに台無しになっちゃうからね。ケモノ族には魔法の適性がある者も稀だし、魔法が使えないことで困ったこともないから誰もそんなこと考えないよ」
ケモノ族の質素、倹約、助け合いの精神、魔法無しの生活は、しばらく暮らしていれば直ぐに分かることだが、この地を初めて訪れた者にも苦にならない。
もう何十年もこの生活に慣れ親しんでいる地元住民なら尚更だろう。
むしろ魔法を無理やり使おうとすれば、平和を乱す野蛮な奴としてケモノ族の反感を買ってしまうかもしれない。
「そうだな。私も特に必要ないし、まず方法すら思いつかねぇからな」
「そうだよね。文明はいつだって必要に応じて発展するもの。無理して使う必要も無いものを使わなくたっていいんだよ」
名言のようなものを残し、ショシャナットはもう夜になるからと、私たちの部屋を風呂上りの上機嫌のままあとにした。
「必要に応じて、か」
ショシャナットにはああ言ったが、実は私はこのシャローム地下都市で魔法を使う方法を思いついていた。
なんせ、今の私には魔法が必要なのだから。
「と、それが可能かどうかも含めて実験から始めなきゃな」
三階から眺めるシャローム地下都市の景色。
夜になっても月の光が届かないこの地下都市でも私の呪いは発動する。それは、私の中にもう呪いがプログラムされてしまっているからだろう。
「……ん、まてよ? 月の光が届かないこの地下都市でチュチュに夜キスされても、私の呪いの侵食を抑えらるのか? えっ、でも私の胸はデカくなるんだよな? さっきメチャクチャ痛かったわけだし……」
そっと冒険者カードの、バスト欄を確認する。
【ユリ・リリス】
種族:ヒューマン
女 12歳
LV10
魔法適性:火・闇
体力:60/60
魔力:2/100
筋力:105
敏捷:160
物防:150
免疫:950
魔耐:5
幸運:1
精神:50
スキル:【『女嫌い』『バスト(B)』『器用』『温度操作(2)』『ドレインタッチ(2)』『ツタ渡り』『ファイアーサークル(1)』】
このスキルを習得しますか?
持ち物:黒焦げの木製盾、
《女嫌いの盾使い》
チーム所持金:0コレイ
サーっと全身の血の気が引いていく感じがした。
「こ、これは急がないと取り返しのつかないことになりそうだ」




