運命の原石である若き者よ、
私達が借りている宿に戻ってきてまず私がしたことは、風呂にお湯をためることだった。
「な、なんでお風呂……?」
ショシャナットと風呂という組み合わせはシヴァにとって悪夢の再現らしい。
ここまで繋いできたショシャナットの手をそっと離す。
だが、その悪夢こそが私の狙いだった。
「ショシャナットって風呂が好きなんだろ? でなきゃあのとき私達三人をまとめて洗おうとするはずない」
風呂嫌いな奴は当たり前だが風呂を避ける。女嫌いが女を避けるように。
ならば、逆を考えれば好きなものには自ら寄っていくもんだ。
「というわけで私はショシャナットを風呂に入れることにした」
「な、なんだかすごく安直な気がするんだけれど……」
「お前の案だぞ、シヴァ。だから上手くいかなかったらお前のせいだ」
「えぇ! そ、そんなぁ……うぅ。どうしよう……上手くいかなかったらボクのせいに……ボクのせいに、ボクのせいに、ボクの、ボクの、ボクのボクのボクのボクのボクの………」
「ああもう! お前まで壊れるな!」
「リリス、今のはリリスのせい」
「黙れチュチュ。ああもう、こーなったらショシャナットとシヴァは一緒に風呂に入れ!」
病んだ奴らはまとめて風呂場に隔離だ。ちゃんと温まれば自然と平癒していくだろう。
「えっと、その……」
一ついいですか? と、恐る恐る申し訳なさそうに手をあげるショシャナット。
「なんだショシャナット」
「あたし誰か他の人とお風呂に入るのはちょっと……」
私達の配慮を無下にするようなことを言って申し訳ないとでも言いたそうに苦笑いをしている。
「おいおい、今さら何言ってんだよ。お前は私達三人を風呂場で洗おうとしたじゃねぇか。まさか忘れたとは言わせねぇぞ?」
コクコクコクと壊れたカラクリ人形のように、激しく同意を示すシヴァ。
「あの時あたしは服を着てきたから。リリス達を洗うだけだったし、あたしはお風呂に入るつもりはなかったから」
その時の記憶を逆再生でよく思い出してみる。あまり思い出したくないが思い出してみる。
うん確かに、私達三人はショシャナットに服を脱がされ、朝っぱらから風呂に入れられたが、ショシャナットは服を着たままシヴァを洗っていた。
あの時はカオスの中回らない思考のせいで違和感も何も感じなかったが、どうしてショシャナットは自分だけ服を着ていたんだ?
あの日、ショシャナットだってよる風呂に入らず私達と寝てしまったというのに。
私達が起きる前にもう自分だけ先に入浴を済ませていたと考えてもいいのだが、私達を風呂に入れるつもりだったならショシャナットも私達と一緒に体を洗えばいい話。ヘンタイショシャナットのことだから、ちょっとくらい狭い風呂場の方が飛びついて入りたがると思うのだが。
「ええい問答無用! お前は私の許可も得ずに私の服をひん剥いた。だからお前には私と同じ目に遭ってもらう!」
もはやショシャナットにあの時の復讐をするという目的にすり替わってしまった今回のショシャナット慰め作戦だが、結果が伴えば目的なんてどうでもいい。
なにより、私がスカッとしたいからな。この私が女に気を遣っている時点で奇跡に近いんだから、ちょっとくらい報復されても文句は言わせねぇ。
「ちょっ、ちょっと待って! 本当にダメ。あたし、裸を見られるのは本当にダメなの!」
女同士で恥ずかしがることは無いとか言ってたのはどこのどいつだよ?
まぁ、私は女じゃねぇから実際どの程度女が自分の裸を見られるのを嫌がるのかなんて知らないから、ショシャナットの気持ちなんて分かんねぇがな。
チュチュとシヴァは参考にならないし。
「そこまで言うなら分かったよ。ただし、しっかり温まって来いよな」
「うん。ありがとね、リリス」
別に礼を言われるようなことではない。
私はこれ以上病んでるロリを面倒みきれないだけだ。
「じゃあチュチュ、シヴァの方は風呂が空くまでお前に任せた」
「分かった。シヴァたん、一緒に遊ぼ?」
まだ何かブツブツ言っているシヴァの手を強引に掴んで自分に引き寄せる。
よしよし、これでようやく私はフリーになった。
さて、こっからどうするかだ。
アピスの情報も、ロリモンの情報も、シャロームの舞の優勝賞品で得る予定だったんだが、その計画もおじゃんになっちまった。
別の計画を立てなくては。
けど、何から手を付けたらいい事やら……
「またあのサル爺さんにでも占ってもらうか」
占いなんて不確実なものを私はこれっぽっちだって信じてはいないが、あの爺さんは私がシャロームの舞に出場することを言い当てた。
どうせ情報ゼロなんだ。何かの取っ掛かりになるかも知んねぇし、もう一度占ってもらうのもアリだろう。
「チュチュ、シヴァ、私は少し出かけてくる。すぐ戻るからおとなしく留守番してろよ」
シヴァの頭に咲いた花を摘んで集めながら、チュチュは二度ほど頷いた。
ってか、魔法は使えねぇのに頭に花は咲くんだな。
そう言えばさっきもシヴァの近くにスノードロップが咲いたとか言ってたし、そこは花のフェアリーの体質かなにかなのだろうか?
そんな分析をしてみながら、私は再び、あの高い塔の管理人をしているサル爺さんを訪ねた。
爺さんは相変わらず、塔の階段に腰掛けて居眠りをしていた。
「グォォォオオオオ〜〜〜スピピーーー……」
「爺さん、爺さん」
「グォォォオオオオ〜〜〜スピピーーー……」
スゲえイビキだ。
「じ・い・さ・ん!!!」
ケモノ族が耳がいいのは承知だが、この爺さんは例外だろうということで、私はサル爺さんの右耳から左耳へ、真っ直ぐな声を貫通させた。
パチンッ! と、マンガみたいな鼻チョウチンを破裂させ、サル爺さんは目を覚ました。
「むにゃっ、なんじゃお主か。急に大声を出さざるべし」
「邪魔したな爺さん。けど力を貸してほしくて」
「ふぉっふぉっ、こんな爺で良ければいつでも力を貸そうぞ。遠慮はせざるべし。けど、お主はワシの注意を無視して、せっかく優勝したというのに調べものを皆に頼まんかったのう」
居眠りしてたのに何故それを? というのは、占いだろうという前提でスルーしておこう。
やっぱりこの爺さんは本物らしい。
「それは悪かったよ。それでその事なんだけど、他に何か方法はないんだろうか?」
初め爺さんに占ってもらった時、私は爺さんから注意を受けた。
この機会を逃せばもう二度とチャンスは訪れないと。
「うーむ」
やっぱりダメなのだろうか。
そうだよな、“二度と”だもんな。
そんな強い言葉で釘を刺されたのに私はそれを無視した。
少なくとも、もう爺さんに頼るべきではなかったんだ。
「よし。ではまた占って進ぜよう」
「軽っ!! えっ、いいのかよ?」
「んん? 別に良いが、何をそんなに動じておる?」
「いやだって、チャンスは二度と訪れないんだろ? だったら二度目を占ったって解決方法は見つからないんじゃ……」
自分から二度目を頼んでおいてなんだが、こうもあっさりオーケーが貰えてしまうと返って不安になる。
それに、藁にもすがる思いで賭けた先に希望が残されていない事を再確認させられそうで、それが怖くもあった。
「未来は一つだと決めつけざるべし」
「え?」
「その時その時、一瞬の行動、一瞬の言葉、一瞬の考えで未来は変わる。運命とは、お主の外側にある道ではなく、お主を源とし、次から次へと生まれてくるものなのじゃよ」
「私自身が、運命の源……?」
「そう。運命の原石である若き者よ、」
爺さんは私の両手を、そのシワクチャな両手で恐ろしいほど強く握りしめ、歳のせいで濁ってしまった瞳を大きく見開き、私の中の何かを遠い目で見つめた。
「お主にできる全ての手を尽くせ。お主も、またその周りの者も、磨けばどこまでだって輝けるのだから」
「爺さん……」
若き者、か。そうだな、確かに今の私は前よりも更に若いな。
前世のオタク引きこもりゲーマーの私は、少しだけ大人になってから、どうしてあの時自分は諦めてしまったのだろう? どうしてあの時なにも知らなかったのだろう? そんな事を思っては後悔して、言い訳のススに塗れ、自室という石の中に永遠に閉じこもってきた。
もう遅い、もう手遅れだ。
だって周りのみんなが眩しすぎて、今さら出てきた石ころなんて、宝石箱の一点の汚れになってしまうだけだ。
そう思っていた。
だけど、年齢が下がっても、あのときの自分も今の私同様、若かったと思う。
今はそういう目で、あのときの私を見ることができる。
「ありがとな。私、がんばるよ」
うんうんと、爺さんはシワクチャの瞼で瞳を猫目石の光形にし、温かい母なる大地を感じさせる土色の手で、私の小さな手を優しく握り続けた。




