これは歴史なんかじゃない。
物語は、憎しみ合い、嫌い合い、怒りで満ちたシャローム地下都市に、とある冒険者がやってくるところから始まる。
冒険者は悪人たちと戦った。
まるで舞うように悪人たちを次次に倒していく。
だが、悪人たちは増え続ける一方だった。戦いは終わらない。
ケモノ族は怒り、憎しみ、嫌い合う。
積み重なる記憶が負の感情を生み出し、魔法が争いを過激なものとする。
そこで冒険者は、“負の感情”と“少しの記憶”と“魔力”を吸い取るゴーレム人形を作り出す。
生まれたてのゴーレム人形は、生まれたその瞬間からケモノ族の役に立った。
ゴーレム人形は生まれたその瞬間から、ケモノ族の幸せだけを望む存在となった。
平和になったシャローム地下都市。
冒険者はゴーレム人形に、花の髪飾りを渡し、ゴーレム人形を置いて去る。
シャローム地下都市に平和あれ。幸福あれ。
嫌なことは全て、このゴーレム人形が引き受けてくれる。
私とチュチュの踊りは、冒険者である私がゴーレム人形であるチュチュの髪に髪飾りを……実際はなんの花だか分からないらしいから、今回はシヴァにもらったスノードロップを付ける動きまで差し掛かった。
あとは冒険者である私がシャローム地下都市を、シャローム地下都市を救った英雄として優雅に去れば幕は下りる。
冒険者はこの後も冒険を続けるのだろう。これがここの歴史だ。
観客たちも審査員たちも、分かりきったハッピーエンドを待ち望んでいる。
……
本当に、これでハッピーエンドなのか?
確かに、ケモノ族が負の感情を抱えることがなくなったシャローム地下都市は平和になった。みんな穏やかで、平和に生きていける世の中になった。
けどゴーレム人形は?
市民の怒りや憎しみ、悲しみを引き受けて、高い塔の天辺に置いて行かれる。
負の感情と一緒に、暗くて狭い部屋に押し込められて、それらの圧に耐え続ける。
シャローム地下都市の平和を保つため、自分は喜びや感謝、楽しみを諦める。
私は冒険者。ゴーレム人形を演じるチュチュを置いて新たな冒険へと歩みだす。
これはシャローム地下都市の市民なら誰しもが知っている歴史。
シャローム地下都市に平和をもたらした英雄の物語。
「リリス?」
けど、私は英雄なんかじゃない。私はゴーレム人形を──チュチュを置いては行かない。
たとえこれから私がとる行動で、シャローム地下都市の平和な歴史が汚されたとしても、テメェの怒りや悲しみくらい、テメェで背負え!
「チュチュ」
塔の扉をブチ壊し、閉じ込めていた負の感情を解き放ち、私はチュチュを抱きしめた。
しっかりとチュチュの細い腰を支え、離さない。
これは歴史なんかじゃない。これは私達の物語だ。




