恨むぞ、コレー!
“シャロームの舞”、踊り子たちの踊りを審査する五人の審査員。
その頭は──
「あーらあら。ちゃんと逃げずにここまで来れたのね、ロリっ子ちゃん達」
舞台袖から舞台を覗く私達の背後から声をかけたのは、あのクジャクペア。
ってか、宝石つけすぎだろお前ら。
「てめぇ、これはどういう事だ?」
「ん? どういう事って……ああ、審査員のこと?」
初めてこの都市に来た私は、毎年の審査がどのように行われているのか知らないからまずはショシャナットに確認しなくちゃならない。
「ショシャナット、“シャロームの舞”の審査員ってのは、毎年あんなに偏った動物なのか?」
ショシャナットは首を横に振る。
「ううん、毎年バラバラ。去年はゴリラ、ウサギ、アホウドリ、ペンギン、エボシカメレオンだった」
「けど、今回あそこにいる審査員の頭は、みんなコイツらと同じクジャク頭じゃねぇか」
私が舞台袖から見た審査員たちは、どこからどう見ても全員、オスはカラフルな羽を着けたクジャク、メスも宝飾品をふんだんに盛りまくった頭のクジャクだった。
「それがどうしたのかな? まさかとは思うけれど、僕達が審査員を買収して親類を集めたとでも言いたいのかな? だとしたら証拠は? 証拠もないのに疑っちゃいけないよ」
そこまで言ったらもう自白同然じゃねぇか。
見たところコイツら、金持ってそうなボンボンとお嬢なのは確かなようだし、こういうコネがモノを言う業界では買収なんて簡単だったろう。
「こんなあからさまにクジャクばっかり集めやがって。他の出場者はどう思っているだろうな」
しかし、クジャクペアの買収がいかに明白であっても、コイツラの言うとおり証拠が無いんじゃあどうしようもない。だからせめて、私の側に味方を付けなければと思った。だが
「買収かぁ。すごいな、流石はクジャクペア」
「先手を打たれては仕方が無いわね」
「今年の優勝はやっぱりクジャクペアかな」
みんな怒るどころか、ヘラヘラと笑っていた。
「お、おい……」
なんだよこれ。みんなこんな不正、笑って許せるのかよ?
「お、お前ら悔しくねぇのか!? おい、そこのリス。お前、毎日私達の横で踊りの練習を必死でしてたよな?」
“シャロームの舞”出場者の一人であるリスのケモノ族。そいつは、私達が練習する広場にいつも私達より先に来て、遅くまで踊りの練習をしていた踊り子だ。
「こんなの許せるのかよ? 悔しくねぇのかよ! あんなに努力したのに、立つ土俵がドロドロに汚れてちゃ勝てるもんも勝てねぇんだぞ!」
「ま、まぁこんな出来レースに出場者するために俺も練習してきたわけじゃないけど……」
リスだけじゃねぇ。ここにいる出場者はみんなそうだ。
こいつらみんなで抗議すれば、まだ公正な大会に戻せるかもしれない。数だけはやたら多いからな。
「けど、いいよ」
「……は?」
「いいんだ。よく分からないけど、そんなに怒るようなことじゃない気がするし、このまま大会を続けよう」
何言ってんだこいつ。
「そうだよね。せっかく練習してきたけど、特に何も思わないし、別にいいよね」
みな、口々にリスと同じような事を言って笑っていた。
嘘だろ? あっちのヒョウは足に豆作ってるのが見えるし、ゾウの奴だってギリギリまで鏡の前で練習していた。
それなのに、これで良いって、納得できるのかよ!
「私は!」
私は納得できない。そう訴えようとしたときだ。
………あれ?
さっきまで私の腸を煮えくり返すほどの怒りがスッと消え、何も感じなくなっていく。
よくよく考えれば、こいつらの言うとおりかも知れない。
不正くらい、よくあるような事だし、余所者の私がそこまで怒るようなことでもない。
そうだな。これは、仕方がないんだ。笑って許せば全てが丸く収まる。それは怒るよりずっと有益な気がした。
そう思ってここまで出かかった言葉を呑み込んだとき、
「──っ!?」
ズキンッと、胸に痛みが走った。
焼けるような痛みが内部から。
これは、そうだ。呪いの副作用、胸がデカくなる兆候。
ヘルガーデンでも感じた痛みだ。
痛い、痛い、痛い痛い痛い!!
「ん? リリス、大丈夫?」
胸を押さえ、痛みに耐える私を見たショシャナットが心配そうに私の顔をのぞき込んだ。
「うぅ……っ」
めっちゃ痛え……
くっそぉ、呪いめ。胸をデカくするだけに飽き足らず、こんな痛みまで伴ってくるとは、百害あって一利なしだ。
それもこれも、あの鬼死女神のせいだ。あいつが私にこんな呪いを………!
「くっそ、呪うぞコレーめ……」
そうだ、私には笑って許せねぇ事がある。
私はコレーに怒っている。
こんな呪いかけやがって。恨むぞ、コレー!
私はこの感情を失くしてはいけない。
この怒りや憎しみを持って、私は強く生きてきた。大ッキライな女にされちまって、女とキスしなくちゃならない運命にされても、耐えてきた。だがこれはまさしく臥薪嘗胆。
この呪を解き、憎きコレーを千発殴り男に戻る! それを達成することを忘れないために。これが私の女として生きる意味だから。
だが、その目標のために私は遠路はるばるこの地下都市までやって来たってのに、依頼のアピスはいねぇわ、ロリモンまでいねぇわで散々だ。
その上、こんな出来レースに参加させられて……
「続いては、毎年この大会に出場してくれている我らがアイドル、ナンディー・ショシャナットと、可愛らしき桃色の冒険者、ユリ・リリスの登場だ!」
「あっ、リリス。次あたし達の出番だけど、出られそう? もし大丈夫じゃ無さそうなら棄権しようか?」
「黙ってられっか!!」
胸の痛みを吐き出すようにして叫んだ。いきなり私が大声を出したので、耳の良いショシャナットは驚いて目を白黒させている。
「買収がなんだ! なーにが大人の世界だ! そんなもん全部まとめてひっくり返してやる! 行くぞ、ショシャナット!」
すっかり胸の痛みは消え、私の中に怒りと憎しみが戻ってきた。
「な、なんだかよく分からないけどリリスやる気十分だね。よーし、がんばろ! 頑張るためにエイエイオーやろ。あたしの手に手を重ねて」
「あ、それは勘弁」
「今そういう雰囲気だったじゃない!!」
司会進行役のホエザルに呼ばれ、私達の番だ。
ショシャナットのエイエイオーを断って本調子になった私は、汚い“不正”という土で汚れた舞台に飛び出し、情熱の舞を踊り始めた。
ショシャナットの正体が分かったでしょうか?
その辺もぜひ推理してみてください♪




