ケモノ族は五感が鋭いから耳がいいんだ。
灯りでいっぱいの土天井に、白い煙がパンパンとあがる。
軽やかな太鼓や笛の音があちこちから聞こえ、屋台はいつもより多い。
「シャローム地下都市の平和を祝して!」
今日の挨拶は朝から晩までこれだ。
なんせ、今日はシャローム地下都市の年一度の祭り。
この平和ボk……平和が保たれた土魔法の迷宮を祝す日なのだ。
「さあ、本日のメインイベント! シャローム地下都市きっての踊り子達がその華麗な踊りを披露する場、“シャロームの舞”が始まるよー!」
舞台裏からでも、はっきりと聞こえるホエザル司会者のアナウンス。
“シャロームの舞”ってのが、私とショシャナットが出場する踊りの大会だ。
「“シャロームの舞”のルールは簡単。出場者は順にこの舞台を使って自慢の踊りを披露し、これからご紹介する五人の審査員に10点満点で評価をしてもらう。一番高得点を獲得した踊り子達が優勝だ。優勝者には、優しいシャローム地下都市の民たちが何でも一つ、お願いを聞いてあげちゃうという素晴らしいもの! シャロームで一番のお金持ちになりたい、一生分の三食おやつ付きを保証してほしい、可愛いケモっ子ちゃんと付き合いたい、何でもオーケー! さあ、踊り子達よ、ありとあらゆる手を尽くして会場を盛り上げ、優勝目指して奮闘してくれ!」
スーハー、スーハー……
な、なんだかな。正直言ってここまで大規模な大会だとは想像していなかったからちょっと脚がガタついてきた。
「リリス、緊張してる?」
私とは対象的と言っていいほどケロッとしているショシャナット。
まぁ、こいつはほぼ毎年、趣味のように出場してるらしいから慣れたもんなんだろう。
その割にまんねんニ位の座に居座り続けているらしいが。
「べ、別に緊張なんてしてねぇよ。私はヒトだからな。ヒトは“人”を食えば緊張しなくなるんだ」
「ん? どういうこと? ヒトは共食いするの?」
自分でもよく分からないことを言ってしまい、ショシャナットが首を傾げ、変な空気になってしまった。
あああ、こんなに緊張したのって小学校の卒業式で一人ずつ言わなくちゃならないセリフの番が近づいてきた時以来じゃねえか?
ちなみに私のセリフは確か、楽しかった、「お芋掘り」。
「さーて、ここで審査員の皆様に登場していただきましょう!」
私の緊張なんて露知らず、大会はどんどん進行していく。
「大丈夫だよリリス! リリスはあんなに練習頑張ったんだもん。それはあたしが一番良く知ってるよ。それに、」
ショシャナットが私の腕を掴んで引っ張って行く。
「お、おい?」
そして等身大の鏡の前に連れて来られた。
「それに見て。リリスはこんなに可愛いから自信を持って。クジャクペアなんてこれ見ただけでギャフンだよっ!」
「ショシャナット……」
鏡の前の私は、ショシャナットとおそろいのきらびやかな舞台衣装。
シャローム地下都市は流石は土魔法の迷宮と言うだけあって、宝石類には不自由しない。
私達の衣装にも、砕いた宝石の欠片を波の模様に散りばめてある。
私達の踊りは情熱的な音楽にのせた激しい踊り。
けど、衣装が情熱の赤でなく黄色なのはショシャナットが赤が嫌いだからだろう。
まぁ、こっちの世界で情熱イコール赤なんてことは無いかもしれないしな。
黄色の衣装を身にまとい、鏡の前に立たされ、可愛いから自信を持てと励まされた。
「私に可愛いとか言うな! テンション下がるわっ!」
「ええ!? な、なんで?? 可愛いって言われたら普通、嬉しいものでしょ?」
「お前の常識に私を当てはめるな! 女の常識は非常識! これが常識なんだよ!」
「えええー!?」
まったく、もーちょっと気の利いた言葉はかけられなかったのかよ。
可愛いなんて、私が言われて喜ぶわけないってのに。
「けど、気は紛れた。サンキューな」
ショシャナットに背を向け、ちょっとだけ感謝の言葉を述べる。
あんまり聞こえるように言うとショシャナットは調子に乗りそうだからな。聞こえないくらいの声でちょうどい……
「きゃー! リリスがあたしに感謝してるぅー♪」
「─っ!?」
しまった。ケモノ族は五感が鋭いから耳がいいんだ。
いくら小さな声でも、隣で呟けばショシャナットが聞き逃すはずなかった。
「リリス♪ 今日は頑張ろうね! あたし、今日はなんだか優勝までイケる気がするー!」
ガバッと私に抱きつくショシャナット。
「ぎゃぁぁぁぁあああ!!! やめっ、離れろ! 重い! くっつくなーーー!!!」
私達が舞台裏で騒いでいると、表で五人の審査員の紹介がいつの間にか終わっていたらしい。
一番目の踊り子が呼ばれ、舞台袖から舞台へ飛び出していくのが見えた。
「あっ、一番目の子が踊るみたい! リリス、ちょっと覗いてみようよ!」
私を引っ張ったかと思えば抱きついて、そしてまた私を引っ張っていく忙しいショシャナット。
まぁ、私も他のやつらがどんな踊りをするのか気になるし、見てやってもいいかな。
踊り子の踊りを見る。そのために私とショシャナットが舞台袖から顔を少し覗かせると、
「は? なんだよ、あれ……」
私の目が奪われたのは、緊張してガタガタした踊り子ではなく、その正面に陣取る五人の審査員たちだった。




