屁理屈は好奇心を満たすため。
「ん〜、よく寝たわ」
背筋を伸ばしてから、ストンと上体を落とすルーシー。
改めてルーシーを見ると、フェルと兄妹の関係とはとても思えない。
通常のウロコ蛇は、緑色の小さな体をしているが、ルーシーは白くて、建物三階分の長さがある。
「あら? リリスさんもお目覚めになられていたのですね。こんにちは、私はフェルの妹の、ルーシーと申します。
この度は危ないところを助けていただき、本当にありがとうございました」
「おう、気にすんな。ってか、お前はこっからが大変だぞ?
お前の家系は、先祖が犯した罪で、ヘルガーデン第一フロアから出ることが許されていない。もし、一歩でもヘルガーデン第一フロアの外へ足を踏み入れればヘルガーデンに災いが訪れる。
なーんてくだらねぇ迷信を信じた魔獣たちは、わんさかいる。
お前のせいじゃないにしても、もうあそこで暮らすのは、お前たち兄妹にとって良くないだろう。
だからフェルとヘルガーデンを出たほうがいい。そうなると、いろいろと大変だぞ?」
たとえ迷信が迷信でも、ルーシーのせいでなくとも、魔獣たちはヘルガーデンが荒れたことはルーシーのせいだと思うだろう。
巨大なヘルガーデンも、そこに住む魔獣全部が敵となれば狭い。
だったら、ルーシーは、フェルと共に広い世界へ出るべきだ。
しかし、ルーシーの返事は意外なものだった。
「いいえ、私達は第一フロアに残ります」
とルーシーはきっぱり言ったのだ。
「な、なんでだよ!?
魔獣たちにずっと狙われて生きるのか? お前はフェルと外に出たほうが絶対に安全だろ」
こんな分かりきったことを、どうしてルーシーは拒むのか?
「だけどリリスさん、私は兄が好きです。そして、兄はここの花々が好きです。
私のせいで、兄から好きなものを奪うのは、心苦しい。
それに、私は一歩も第一フロアの外へ足を踏み入れた覚えはありませんわ」
は?
「何言ってやがる。今だって、ここは第三フロアだぞ? 分かってるのか?」
「ふふっ、リリスさん。なら、私の足はどこにあるのでしょうか?」
さも愉快そうに尋ねるルーシー。
ルーシーはウロコ蛇。ウロコ蛇のシルエットは、私がよく知るただの蛇と何ら変わりはない。
つまり、蛇には足がない。
「って、それ屁理屈じゃね?」
「屁理屈でもなんでも、御先祖様が痛い思いをして切り捨ててくださった足です。御先祖様は、私達の足かせも同時に切り捨ててくださったのですよ。
そもそも、ウロコ蛇はもともと一匹から派生したのです。どこから分岐したかも分からない家系ですが、ここのウロコ蛇はみんな脚がないのなら、みんな私と同じ家系です。直系の私達だけが罪を背負うなんておかしいですわ」
だんだんルーシーの性格が分かってきた。
好奇心旺盛というのは聞いていたが、それを満たすために、ありとあらゆる屁理屈をこねる、屁理屈娘のようだ。
まぁ、筋は通っているのだが……
それに、このルーシーの屁理屈はフェルのためだ。
フェルの好きなものを奪わせないための、精一杯の屁理屈なのだ。
「それもそうだな。お前たち兄妹のことだ。二人だ話し合って決めろ、私が口出すことじゃねぇ」
「ありがとうございます、リリスさん」
「そんじゃあ、ルーシーはこの後、第一フロアに戻るのか?」
「そのつもりです。兄も心配していると思うので。あの、よろしければリリスさん達とご一緒させていただいてよろしいですか?」
一緒も何も、私はもとからそのつもりだった。
フェルの顔も見ておきたいしな!
「ああ、いいぜ。私たちはブドウ狩りっていう依頼があるから、それが終わったら出発しよう」
ヘルガーデン最奥、シヴァの引きこもり部屋には、二本の木があった。
一本は、太く真っ直ぐ伸びた木の幹の上に、青々とした葉を茂らせた木。その中心に、一つの赤いリンゴの実。
これがヘルガーデンの命を支えているリンゴか。思っていたより普通のリンゴだな。
そして、その隣にもう一本、細い幹に、手の平のような葉っぱを茂らせた木。その中から垂れ下がるように、丸い赤紫色の果実を実らせたブドウが一房。
こっちが私たちのお目当てだ。
「よしっ、んじゃぁさっそく採取しますか」
ブドウのすぐ下までやって来て手を伸ばすが、
「……届かねぇ」
くっそぉー、そんなに高くないのにジャンプしても届かねぇ。
これだから幼女体は!
困った。ハシゴでも持って来てればよかったが、そこまで気が回らなかった。
しかも、私と共にブドウ狩りに連れてきたのは、チュチュとシヴァ。
これは冒険者としての仕事だからチュチュは来させるとして、シヴァは最奥にずっといたんだから案内役だ。
まぁ、案内なんて必要ないくらい、二本の木は存在感があったから迷うこともなかったが。
「よしっ、こーなったら肩車だ。チュチュかシヴァ、どっちかが片方を肩車しろ!」
……と思ったのだが、このヒョロイ姉妹が肩車してフラフラするところなんて、危なっかしくて見てられる気がしない。
ブドウ狩りに来るだけだったから、チュチュのパワーブースターは置いてきちまったし。
「シヴァたん、チュチュの肩に乗って」
「やめろチュチュ、頼むから攻めの姿勢を発動させないでくれ」
しゃがみこんで、ヘイカモンと乗車待ち態勢をとるチュチュの肩に乗る勇気はこの世の誰も持ち合わせていない。
「しゃーねぇ、これも仕事だ。
チュチュ、私の肩に乗れ」
今度は私が乗車待ち態勢をとると、両肩に細い足が掛けられて、チュチュが私の肩に乗った。
軽々と持ち上げ、ブドウの真下に移動する。
「リリス、採れた」
「よし、んじゃ降ろすからブドウをシヴァに渡せ」
せっかくシヴァも連れてきたんだから、コイツにも役に立ってもらおう。
シヴァにブドウが渡り、チュチュを降ろす。
はぁー。仕事とはいえ、女を肩車までする羽目になるとは、冒険者家業は楽じゃねぇな。
「おい、シヴァ。食うなよ?」
シヴァは受け取ったブドウの匂いをクンクン嗅いでいた。
大事な依頼品を食われでもしたら大変だからな。その場合、シヴァには一生このヘルガーデンの最奥に引き篭もってもらうことになる。
「違うよ、このブドウなんか、変な匂いがするんだ」
「変な匂い? 腐ってるってことか?」
「ううん、そうじゃないと思う。何ていうか、この前産まれた小鹿の赤ちゃんみたいな匂いがする」
「……ブドウに当てはめる表現じゃねぇな」
試しに私もシヴァからブドウをふんだくって匂いを嗅いでみるが、特に変わった匂いはしない。
むしろ、一年中同じ実がなっているっていうのに、水分が多く、新鮮そのものだった。
「なーに分けわかんねぇこと言ってやがる。
さ、目的は達成したんだ。ゴブリン屋敷で箱詰めしてもらいに行くぞ」
「う、うん」
依頼品のブドウ。
古来よりヘルガーデンの知恵としてこの地に住まうゴブリンでさえ、その力を知らなかった。
そして、このブドウが今後のローリアビテを揺るがす、パズルのワンピースであるという事も、この時はまだ誰も知る由がなかった。