西の塔にて。
長い廊下を走って、屋敷を東から西へ横断する。
長老の部屋にも寄ってみたが、誰もいなかった。
まだ西の塔にいるのだろうか?
西の塔には窓が一つもない。
それゆえ、夜に近くで見ると何やら不気味な空気が漂っているように見える。
裏側へ回ると、唯一の小さなドアが少し開いており、中から揺らめくロウソクの明かりと、僅かな光を倍にしているかと思うほど美しい反射光が漏れていた。
その隙間から目だけを覗かせて中を見ると、水晶球と同じ景色が広がっていた。
「さて、ルーシー。そろそろ覚悟を決めてもらおうかの」
「そんなことできっこありません。仮にできたとして、私はそんなの絶対に嫌です」
「儂には……いや、ゴブリンにはお前が必要なのだ。賢く生きてきたゴブリンに真の崇高な遺伝子と力を与えれば、この迷宮はずっと暮らしやすくなる。みんな幸せになるんじゃ。
おまえ1人が頷きさえすればな」
白くて大きなウロコヘビは、やはりルーシーで間違いないようだ。
にしても、あんな巨体だから声も野太くて地鳴りのような声だと思いこんでいたが、なんと今にも消えそうな声なのだろう。
聞き取るのがやっとだ。
耳をとぎ澄ませていると、ビッグヴォイスの長老の声に耳がやられてしまいそうだ。
「それでも、私はあなたと結婚するつもりはありません。
ましてや、半年前にやって来たこの迷宮の神を代理母として子を儲けようだなんて……」
ぶぼゎっ!
「誰だ!?」
やべっ、あまりの驚きに思わずむせて気づかれた。
ここは素直に出ていくしかない。
「……メシア様、それにお連れ様」
ギロリと、シワシワの瞼から鋭い眼光が私たちに向けられる。
「長老、どういう事か説明してもらおうか」
「なんのことですかな?」
「とぼけるな。ヘルガーデンのロリモン、えーっと、確かシヴァだ。シヴァを器にしてルーシーと長老の子供を作るって話だよ」
「ふんっ、立ち聞きしておったか。なら、まぁいい。だったら教えてやる。儂の賢く崇高で完璧な計画をな」
不気味に揺れるロウソクの炎は、閉め切った塔の壁に浮かぶ4つの影を揺らし、壁際の腰掛けに座った長老は、自分の中で完璧という計画について語りだした。




