差別者ユリ・リリス!
少し欠けた月が、呆れたように窓から顔をのぞかせる。
チュチュと前にキスしたのが、1ヶ月と少し前の昼間、家畜小屋でのことだ。
けど、これは私の呪いを食い止めるのになんの効果も無い。
なんかコレーが来た後で私の胸のサイズはCで止まっている。
これはアイツの計らいなのか?
なんかいろいろ頼まれたし。賄賂のつもりだろうか?
だとしたら相当ありがたいが、素直に喜べないな。
だって、そもそもこの呪いをかけた張本人だからな、あの鬼死女神は。
けど、そろそろマズイ。
胸のあたりがソワソワしだした。
私の胸の成長を遅らせるためには、チュチュとキスしなくちゃなんないんだが、今はそんな気分になれねぇ。
「リリス、眠い?」
「えっ、まぁ散々寝た後だし、眠くは無いな」
私の心を読んだのかってくらいなタイミングでチュチュが切り出してきた。
うーん、どうしよう。
チュチュとキスしたいがしたくないという自分でも何言ってるのかよくわからないこの心情。
「じゃあ行こう」
そう言ってベッドから降りるチュチュ。
完全に空振ってしまった私。ちょっと恥ずかしい。
「行くって、どこに?」
「決まってる。長老のところ」
月明かりのせいでチュチュの顔は若干逆光気味になり、透き通る水色の髪が風で膨らんだ。
そうかと思うと、くるっと体を横に向け、ドアの方へスタスタと歩いていく。
「ま、待て。さっきスィスが言ってたろ?
ルーシーについてはあとで聞いてくれるって。
勝手に押しかけても迷惑なだけだろ」
「リリスは愚かなの?」
「……」
一瞬耳を疑った。
直球ストレートな罵倒。
いったい、どの文脈で私が愚かかどうかという問題に行き着くのだろうか?
「……っ」
いつもなら、女にこんなこと言われて黙っているはずもない私だが、なぜか言葉に詰まった。
チュチュにそう言われるのも当然だと気づいているからだ。
「お願いだチュチュ、私が愚かな理由を言ってくれ」
なんたる屈辱。
いつもとは違う私の反応に、チュチュも小首をかしげて困っているようだ。
「チュチュは、なるべくならこれ以上リリスを傷つけたくない」
「いや、言ってくれ。たとえ傷ついてでも私は言われなきゃ前へ進めそうにない。
チュチュ、これは私のお世話だと思って、言ってくれ」
そ? なら、遠慮なく。と言わんばかりにチュチュはスッと息を吸って珍しく長文を羅烈する体制に入った。
「リリス、さっき長老がみんなのこと差別をしているとか言って怒ったよね? けど、リリスはどうなの? リリスだって女が嫌い。他人のこと言えない。それでもリリスはリリスの正義に従って長老の考えを正すのなら、チュチュはそれで構わない。むしろ、そうするべき。
なのに、スィスに言われてここであっさり引き下がるならリリスはただの臆病者。
そんなリリスはリリスじゃない。ケンケン鳴いてるだけの男女差別者」
グサッ!
……思っていたより結構来たなぁ。
チュチュはゆっくり私に歩み寄りながら遠慮のない言葉の雨を降らせる。
そして、最後に白くて細い手を私に差し伸べた。
「でも、ここで立ち上がるなら、リリスは女嫌いのユリ・リリス。チュチュが大好きな、ユリ・リリス」
「……」
私は女が嫌いだ。
それは物心がついたときからそうだった。
多分、一生治らないだろう。
社会の授業で、男尊女卑はいけません。
だとか、
レディーファースト
だとかいろいろ習ったが、私の女嫌いはどんな教育にも屈しなかった。
それはきっと、というか絶対に良くないことだ。
世間一般様は、私の女嫌いを差別と捉える。
けれど、そんな差別者の私でも、許せる差別と許せない差別がある。
私は差別を差別する。
私の差別はいいけれど、長老の差別はダメだ。
自分のことを棚に上げている?
それでもいい。 どうとでも言え。 私は女嫌い、ユリ・リリスなんだから!
「ったく、私がその手を取るとでも思ったのか? 女嫌いの私が?」
私はリュックを背負い、パワーブースターを差し出されたチュチュの手に押し付けた。
「もしも長老がルーシーを危険なことに使うために閉じ込めているんだとしたら、戦闘になるかもしれない。
攻めの姿勢はいいが、準備くらいはして行けよな」
大きさの割にえらく軽いリュックの中身は、盾とショートソードのみ。
だが、それだけあれば十分だ。
……あれ? なんかもう1つくらい入れていた気がするが、何だったっけか?
まぁいい。そんなに重くはないし、戦闘にならないことを祈るばかり。
この準備が骨折り損になってくれた方が私も嬉しい。
「よし、じゃあ長老のところへ行こう。
長老に差別をやめさせて、ルーシーの事についても問いただしてやるっ!」
パワーブースターを履いたチュチュはコクリと頷き、それを合図に私たちはお世話になったこの寝室をあとにした。




