家庭の事情だろうが何だろうが、そんなのおかしい。
サンクが深刻そうにしていたのは、それだけウロコヘビのメスが珍しいからだろう。
ウロコヘビのメスは、言ってみりゃ遺伝子がおかしくなった突然変異種。
三毛猫の場合、オスが非常に価値が高いのは、突然変異でしか三毛猫のオスが生まれないからだ。それと似ている。
けれど、突然変異種の価値が分からない者からすりゃ、そんなのただのあぶれ者。
ヘルガーデンに住まう無知なる者たちは、最弱モンスターのメスなんかに興味すら示さないが、博識サンクからすれば、その存在に巡り会えたことすら重大事件なのだろう。
そして、私たちも無知の側だった。
もしサンクがいなかったら私たちは友人との約束を果たせなかったかもしれない。
「つまり、私たちが水晶球越しに見た巨大な白ヘビはルーシーで、ルーシーはこのゴブリン屋敷にいるってことか」
「待ってください、その、ルーシーとは?」
私とチュチュの会話を聞いたスィスが尋ねてきた。
「あれ? サンクとスィスは、フェルとルーシーのことを知らないのか?
ほら、ヘルガーデンが半年前に荒れた原因と魔獣たちに言われている兄妹だよ」
フェルは言っていた。
フェルとルーシーの一族は、先祖たちの罪を贖罪するためにヘルガーデン第一フロアから出られない。
だが半年前に、好奇心旺盛なルーシーがそれを破ったため、神の怒りに触れて迷宮が荒れた。
だから魔獣たちが凶暴化し、迷宮は荒れた。
いくら第一フロアと第三フロアが離れているからと言って、この噂を全く耳にしないわけはないだろう。
「キキ、キキキキキッキキキ」
「えっ? サンク、なんだって?」
フルフルと首を降るサンク。
なんだかとっても言いにくそうにしているが、それは主にスィスに対してな感じがする。
「サンクはルーシー達のこと知ってたって」
黙り込んでしまったスィスの代わりに、チュチュが私にサンクの言葉を翻訳する。
「そうか。さすが物知り博士だな」
「キキッ、キキキキキキキキキキキ。キキキキキキキキキキキキ」
「サンクだけじゃない。アン、カトロ、セプト、ナフも知ってるって」
……ん?
なんだその、飛び飛びな兄弟姉妹のチョイスの仕方は。
「待て。それじゃあ、ドゥ、トロワ、スィス、ユィ、ディスはフェルたちの事件の事を知らないっていうのか?
それってどういう組み合わせなんだよ。こんな大事なこと、ふつう兄弟姉妹で情報共有するだろ?」
さっきも思ったことだが、情報共有は大事だ。
いくらこの世界の情報共有がうまく行っていないからと言って、この仲良しゴブリン10兄弟姉妹たちの間で、ましてやヘルガーデンで暮らすに当たって重要な情報を共有しないなんて不自然だ。
「父上、ですね」
スィスが珍しく、貼り付けたような笑顔を崩し、唇を噛みしめる。
スィスがこんな顔を見せるだなんて。
アン、カトロ、サンク、セプト、ナフ。いったい、どうしてこいつらだけ……んん?
「こいつらみんな、下級ゴブリンか?」
そうか、この5人に共通することは、みんな下級ゴブリンということだ。
「この5人はゴブ語しか話せない下級ゴブリンと言われているゴブリンだ。
けど、それと長老となんの関係があるっていうんだ?」
分からない。分からないことだらけだ。
頭の中がゴチャゴチャしてきた。
「父上は、下等な生き物である魔獣と下級ゴブリンを同等と考えているのです。
ゴブリンは賢くなくてはいけない。だから上級ゴブリンだけが真のゴブリンであり、気高い。よって、サンクたち……あまり言いたくはありませんが、下級ゴブリンは魔獣と話をしても問題ないとされていますが、上級ゴブリンは魔獣から得た情報を耳に入れることすら禁じられています。耳から脳が汚れてしまうからだとか……」
「はぁっ!?」
これには私も驚いた。いや、そもそも全く意味が分からなかった。
「なんだよそれ! サンク達は長老の子供だろ!? 自分の子供にもそんな差別をするとか、信じらんねぇ!
サンク、今すぐ長老のところへ乗り込んで抗議しよう。長老は賢いやつが好きなら、お前のその賢さを見せつけてやれば考えを改めるはずだ」
私は怒りのあまり、行動せずにはいられなかった。
だって、そんなのおかしい。
自分の子供に、差別を適用する親がいてたまるかっ!
長老はもう自室か? いや、おそらくまだ西の塔だろう。
今すぐ乗り込んでその下劣な考えを改めさせてやる!
「キッキ!」
私の前に立ち塞がり、通せんぼのポーズを取るサンク。
「なんで止めるんだよ!?」
何やら必死にキイキイ言っているサンク。
くっそぉ……私にサンクの言葉が分かったのなら、直接サンクの気持ちがわかるのに!
「チュチュ、翻訳!」
悔しい。チュチュに頼ることがじゃない。
サンクを初めとする下級ゴブリンと直接会話ができない。
他の上級ゴブリンと違う扱いをしなくちゃいけない。
これじゃあ、長老と同じじゃないか……
「サンクは長老が好き。他のみんなもそう。
だから大丈夫だって」
淡々とサンクの言葉をまとめて伝えるチュチュ。
悲しそうな笑顔を作るサンク。
大丈夫って、そんな顔して言うなよ、全く説得力がない。
もどかしい。ああもう! イライラする!
「なにが大丈夫だ! サンク、お前悔しくないのかよ!?
どの子も親は等しく扱うべきだ。それに、人間の言葉が話せないからってなんだよ!
サンクは優秀だし、サンクだけじゃない。
アンもカトロもセプトもナフも、みんなすっげぇ良い奴らじゃねぇか! 長老も分かれば認めてくれるって!」
「キイッ!」
ピシャリッ、と泣き叫ぶように甲高い高音を出すサンク。
これには少々、私も怯んだ。
そして、私が怯んでいる隙に、サンクは部屋を飛び出していってしまった。
「私、なんかまずいこと言ったかな……」
思い当たらないわけではない。
本当なら、これは家族の問題なのだから、私が口を出すようなことではない。
私の自己満足のために、サンクを傷つけてしまったのなら、それはさすがに心苦しい。
「いえ、お連れ様は正しいです。
サンクが飛び出したのは、父上のお考えは変えられないからでしょう。
サンクがありとあらゆることを学び、どんどん優秀になっていったのは、もともと父上に認めてもらうためでした。
アピールもたくさんしていました。
けれど、父上のお考えは変わらなかった。
父上にとって、本当に大事なのは、努力で培う賢さではなく、生まれ持った優秀な遺伝子なのです」
優秀な遺伝子?
確かに、兄弟姉妹でそれぞれ遺伝子は異なる。
けれど、何をもって優秀な遺伝子だって言うんだろうか?
長老ははじめに私たちに言っていた。
言葉を話せるかどうかは遺伝ですよ、と。
今その時の顔を思い出すと寒気がする。
夕食会の時だって、ユィが、「ユィたち」が育てたモウモウ牛と言っていたのに、長老が賢い子といって撫でたのはユィだけだ。
長老にセプトは見えていない。
「私たち10兄弟姉妹は、賢い父上の遺伝子を残すために作られました。みんな納得しています。
父上が私たちをどう見ようとも、私たちは父上のために生きるのだと」
長老、あんたは愛されすぎだ。
長老は5人分の愛を受け取っているつもりだろうな。
けれど、それは違う。
長老は、10人分の子供たちの愛を全部ないがしろにしている。
「さぁ、その話はまた後日にして、今日はお2人ともお休みください。
西の塔の魔獣、ルーシーの事について父上には私から手紙を出しておきます。では」
ペコリと丁寧に頭を下げたスィスは、顔を上げる頃にはいつものニンマリ顔に戻っていた。
スィスが部屋から出ていくと、月明かりがさす部屋には私とチュチュだけが残された。




