ユィと、セプトの秘密。
「あれからは地獄だった。俺ら5匹は瀕死状態にまで追い込まれたんだ」
ウロコ蛇の話はここまでのようだった。
「うん。それで?」
「だから、俺らは今こうしてその時の恨みと雪辱を晴らすべくこうしてあいつらと同じネームプレートを付けたモウモウウシを襲っているn……」
「一昨日来やがれぇぇぇえええッ!!!」
はぁ……はぁ……はぁ………。
ムカつきすぎて死にそうだ……
温度操作を発動させてやろうかとも思ったが、そんなチンタラした方法じゃあ私の噴火には間にあわなかった。
私はこのウロコ蛇3匹まとめて横殴りにぶっ飛ばした。
「んだよそれ! オメェらが悪ィだけじゃねぇーかっ! この、クズの極みゲス。めがっ!」
「イテテテ……け、けどあの赤色もマッドだったぜ? 笑いながら俺らにどんな酷いことをしたか! ありゃー感情の無ぇバケモンだ!」
ウロコ蛇の1匹が叫ぶように言った時、モウモウウシ小屋の影からピンク色の影が飛び出した。
なんでこのタイミングで……!?
私たちが遅いから、見に来たのかっ……!
「ユィ!」
しかし、ユィは一目散に逃げていく。
「まてっ、ユィ!」
「リリス追って!」
ウロコ蛇たちはチュチュに任せて、私はユィを追った。
「ユィっ! まてって、ユィっ!」
仮にも12歳の私と4歳のユィでは、追いかけっこは私の勝ちだった。
「ユィっ!」
私はユィの腕を掴んだ。
「ユィ、牧場荒らしの犯人を捕まえた。これでもう大丈夫だ」
ユィの腕、冷たい。それに震えている。
もしかして、泣いてるのか……?
「わぁ、本当に? ありがとう!」
しかし、私の予想を裏切って、くるっと振り返ったユィはいつもの満面の笑みを浮かべていた。
だけど、ちがう。これは……
私は騙されないぞ。感情を読むことは人1倍訓練されてきたんだ!
この笑顔は作り物だ!
「あはははっ」
「なんで笑ってんだよ!
なんで、なんでこんな時に笑ってんだ! セプトもだ。お前ら、本当は笑ってないだろ!? ずっと笑ってるってことはな、ずっと笑ってないのと同じなんだよっ!」
「あはははっ。
でもお連れ様、ユィは笑っていたいんだー」
あくまで笑うことをやめないユィ。
それは狂気的とも見えた。
「なんでそこまで?」
「あはははっ。お連れ様、セプトもユィも笑ってないって言ってたでしょ? 当たりー!
でもね、ユィはセプトに笑ってほしいから、ユィは笑っているんだよ。本当に笑ってないのはユィじゃないんだよ」
私は薄々感づいてはいた。
これまで私たちが見てきたもの、ウロコ蛇たちの話、そしてユィのこの言葉でそれは確信へと変わった。
だけど、いくらオブラートに包もうとも、私はユィの前で思った事を口にはできなかった。
その代わりなのか、ユィが語りだした。
「セプトはね、全部の感情が、笑うってことでしか表現できないんだー。だから、怒ってても、泣いてても、誰も気がつけないの。ユィだって気がつけなかったんだもんっ」
ユィは、セプトがウロコ蛇たちにいじめられていた日々を送っていた事に気がつくのが遅れた。
なぜなら、セプトは泣かなかったからだ。
「でも、セプトはとっても優しいから、本当はいっぱい泣いたり、怒ったり、笑ったりしてると思うの! だからユィがそばにいるんだよっ」
ユィは発火草を見つけるまで、ウロコ蛇たちに手出しができなかった。
無防備なままその中に飛び込む勇気がなかったからだ。
だったら初めからその中にいればいいと。
「けど、ユィは感情があるだろ?
ユィは泣くことも、怒ることもできる。
なんでユィまでずっと笑ってるんだよ。ユィの心はユィのもんだろ? ユィは泣きたいんじゃないのか? 怒りたいんじゃないのか? 自分の意志で笑いたいんじゃないのか!?」
私はユィに自分を表現してほしかった。
確かに、笑うことしかできないセプトの感情を理解するには、同じように笑ってみれば分かるかもしれない。
だけど、そんなのは自己満足だ。
ユィがセプトの感情を理解するためにユィまで感情を殺す必要なんてない。
分かったつもりになっているだけだ。
セプトの感情はセプトのもの。
ユィには永遠に分かりっこない。
個人の感情が他人に理解されることなんてないんだ。
だって、自分だって本当は自分の感情を理解しきれていないからだ。
セプトはきっと、どうして自分が笑っているのか分かっていない。
ユィはきっと、本当は自分がセプトの感情を理解できない事を知っている。
チュチュはきっと、自分が笑っていい理由が見つからない。
私はきっと、何も分かっていない。
なぜ今、私はこんな顔をしているのか。
なぜ私は女嫌いなのか。
昨日のチュチュへ感じた感情も、チュチュの過去を知った時も、チュチュが死にそうになった時に私が感じたものも、初めてチュチュにキスされた時に何を思っていたかも、何もかも全部、私は分からない。
セプトも、ユィも、チュチュも、私も、みんな心は孤独なものなんだ。
それでも自分の持っているものを、わけも分からず表現し続ける。
持てるものは限られるのだから。
「あはははっ」
それでも、ユィは笑った。
「大丈夫だよっ、お連れ様。
ユィはちゃんとユィが笑いたいから笑ってるんだよ」
「そんなの嘘だ。
だって、お前今、泣きそうじなねぇか」
ユィは涙を浮かべていた。
それでも、必死に笑った瞳の奥へと涙を押し込み、泣き顔を笑顔で隠した。
「嘘じゃないよ? ユィは笑っていたいよ?
だって、ユィが笑っていないと、セプトが本当に笑いたい時、誰も笑ってなかったら笑えなくなっちゃうよー。ユィはそんなのやだよ?」
私を宥めるようにユィは言う。
私はユィを掴んでいた手から力が抜けていく。
「ははっ……」
そうだよな、そんなに単純じゃねぇよな。
他人や自分も理解出来無いのに、そんな単純なわけがねぇな。
笑っちまうぜ。
心は孤独だとか割りきったようなことを言って、私は複雑な感情から逃げて、勝手に孤独になっていただけだ。
どうせ分かんねぇのなら、もっと複雑にしてやろう。
いろんな奴の感情を混ぜ合わせちまおう。
持てるものが限られているのなら、分かち合えばいいじゃねぇか。
相手が持っていないのなら、分けてあげればいい。
自分が持っていないのなら、分けてもらえばいい。
心は量じゃない。
目に見えるもんでもない。
「ほら、ユィが笑ってるからお連れ様も笑ったー!
あはははははっ!」
気がつくと、私はユィに笑顔を分けられていた。
「そうだな、ユィのがうつっちまった。
だから私はこの笑顔を最高のものにするっ」
そうだ、どうせ混ぜるなら、良くしていこう! そのために、
「決着をつける時だ。ユィも来てくれ!」
元気よく返事をしたユィ。
そして私たちは、チュチュとウロコ蛇たちが待つモウモウウシの小屋へスキップで戻った。