お嬢ヘアーチュチュ。
「リリス?」
「今度は私がやってやる。
コームを貸せ」
まだ結われたままの方のリボンも解き、腕にかける。
チュチュからコームを受け取ると、頭のてっぺんから毛先にかけてコームを滑らせた。
チュチュの髪は、いつ解かしていたのか、玉になっている箇所は見当たらず、コームも私の時とは大違いにスルスル流れていった。
そして、私は魔法を必要としないスキル、「器用」を発動させた。
髪など結ったこと無い私にとっては、ただ1つに髪を束ねるだけでもこの「器用」スキルは必須だろう。
ましてや、チュチュの髪は細く、とても滑らかなので、気を抜くと手の中からスルスルッと滑り落ちてしまう。
「器用」がなかったら、なかなか思うように髪を束ねられず、苛ついてしょうがなかったところだ。
「でけたっ!」
ジャーン! と、効果音を付けてチュチュのヘアスタイルの完成度を鏡で確かめる。
うん、なかなかいい出来だ。
後ろで一つ作った三つ編みを横に持っていき、耳の上で花の形を作った。
引き出しにあったピンで花の形を固定してリボンをフワッと広げれば完成っ!
どこかイイトコのお嬢様みたいなヘアスタイルの完成だ!
って、こいつはイイトコのお嬢様どころか、一国の姫なんだけどな。
コームの持ち手に開いている穴に指を通し、得意気にグルグル回した。
チュチュも「おぉー」と、相変わらず抑揚は無いものの、感嘆の声をあげて喜んでいた。
指先で花をそっと突いてみたりと、好奇心の向くままひと通りの行動をした後、満足したのか、鏡越しではなく、直視で私に目を合わせてきた。
その時だ。
部屋の扉向こうから、コンコンコンっと、3度ノックする音が聞こえ、
「メシア様、お連れ様、お目覚めでしょうか?」
と、控えめに尋ねる召使いゴブリンの声が聞こえた。
私とチュチュは、面持ちを堅くし、うん。と、お互い示し合わせたかのようなタイミングでアイコンタクトして頷くと、私が扉を開けに行った。
そして、最低限の隙間分、扉を開けると、チャイナドレスのような制服を着た、細目のゴブリンが立っていた。
その召使いゴブリンからは、長老がプレゼントしたという香水の匂いがプンプン漂って鼻を突いた。
「おはようございます、お連れ様。
朝食のひょふいはへひはひは」
後半、この召使いゴブリンの言葉がハ行になったのは、私が思いっきり召使いゴブリンの両頬を、それぞれ反対側に引っ張ったからだ。
結構おもいっきりビヨーンと頬をつまみ伸ばす。
「ほーははひはひは?」
パチンッと、私が頬を摘んでいた手を離すと、召使いゴブリンの黄緑色の肌が赤く腫れてしまっていた。
それでも、この従属な召使いは、文句1つ言わず、ニコニコと、笑顔を崩さず、
「どうなさいました? お連れ様」
と、声を一切荒げること無く尋ねた。
「いや、またあのフザけた女神が化けているんじゃないかと思ってな……」
なんの事を言っているのかサッパリな本物の召使いゴブリンは、細目を2度ほど瞬きさせた。
「いや、何でも無い。
悪かったな、急に抓ったりして」
「いえ、気にしておりませんので。
それよりも、朝食の用意ができました」