台風過ぎ去りし後。
「あぁっ! 大変!」
と、私に追い込まれたコレーが窓の外を指差して、大声を出した。
「満月の力が無くなるわ!
早く冥界に帰らないと、戻れなくなるわ!
それじゃあ、リリスちゃん、チュチュちゃん、あとはよろしく頼んだわよ、アディオス!」
どこの国の別れの挨拶だか、今となっては思い出しても無意味であろう国の言葉を残して、女神コレーは自分の持ち場に、それこそさっきの光速など目ではないスピードで戻っていった。
窓のサンにはしたなく片足を掛けたかと思ったら、一瞬にしてコレーの姿は月に吸い込まれるようにして消えていった。
「……」
「ったく、まるで台風だな」
よほど私の鉄拳が恐ろしいと見えた。
逃しちまったのは悔しいかな。
けど、ここで100発分の拳を消費しなかった分、あとで一気に1000発、私の拳がまとめて飛んでくる。
ふんっ、愚かな女神よ。
しかし、あのうるさい女神の馬鹿さ加減に、もう呆れるのを通り越して慣れきってしまった自分が恐ろしい。
まっ、そんな事はどうでもいっか。
クイックイッ
チュチュが私の服の裾を引っ張った。
「なんだ?
……まさかお前まで私で『雷鳴』の試し撃ちがしたいとか言うんじゃないだろうな?」
手加減がわかるコレーの『雷鳴』なら、腹は立つがまだしも安全は保証されているだろう。
しかし、それができない、ましてや魔力の怪物が初見で放つ一撃を喰らう義理はない。
しかし、私の危惧に反して、チュチュは首を横に振った。
「ん? だったら何だ?」
チュチュはさらにギュッと裾を掴んできた。
「リリス、急に……」
短い言葉。
しかも語尾が無いため、何が言いたいのかイマイチよくわからない言葉。
しかし私はチュチュが何を言いたいのか分かった。
それは、インチキだったポッキーゲームのせいかもしれない。
「チュチュ、ごめんな。
急にお前を置いていっちまって」
私が静かにそう言うと、コクリ。 チュチュが頷く。
「私がお前を置いていくわけねぇだろ?」
言ってから、ちょっと私の顔が赤くなったのが分かった。
この言い方だと、ちょっとした誤解を招きうる。
「いや、今のはその……あれだ。
お前がいないと、私は巨乳モンスターになっちまうからな!
それに、お前の魔力は戦闘においても必要だ。
だから置いていかねぇだけだっ。
勘違いするなよな!?」
チラッ、チラッっとしかチュチュの方を向けない。
だからチュチュの表情は読み取れなかった。
もともとポーカーフェイスで読みづらいんだがな。
「じゃあ、リリスはチュチュが必要?」
突然何を言うか。
いや、こいつは何かと必要か必要でないかに執着してないか?
「んあ? あぁ、まぁな」
「リリスはチュチュが必要。
だからリリスはチュチュを置いて行かなかった?」
「ん、んん? そうだな」
「リリス……」
チュチュが掴んでいた私の服に沿うようにして、両腕を私に回してきた。
細い腕がしっかりと私を抱き締める。
若干、細腕の骨が肋骨に刺さって痛い。
チュチュの顔は、私の体に埋めて、匂いを付けるように頭を擦ってきた。
もし。
もしだ。
チュチュが本当に私とリヒトを無意識下で重ねているのなら、私へのチュチュの態度はリヒトへの態度という事になるのではないのか?
だとしたら、チュチュは自分が必要とされているのかどうかは、リヒトに確認したいのではないのか?
リヒトが死んだ時、最後にチュチュはリヒトに「さようなら」とだけ言った。
今までずっと一緒に暮らしてきた、死んでいく人間に、そんな一言だけで済ませられるのだろうか?
ある意味、死んでいく人間にあんな冷静に「さようなら」の一言だけだなんて、普通ならとっても冷たいのではないのか?
けど、ずっと金魚鉢の中で過ごし、死体を見せ続けられる日々だったチュチュに、死の意味がわかるのだろうか。
自分がどれだけ冷たい言葉をあの時に放ったのか分かっているのだろうか?
きっと、分からない。
チュチュは、死ぬということが分からない。
死体は珍しくはない。
だけど、死の意味はわからない。
だから、攻めの姿勢も自分の死が分からないからこその攻めの姿勢。
ここで私が、うんとチュチュを必要としなければ、チュチュが消えていってしまう気がしてならなかった。
「よし、チュチュ」
私はチュチュの頭にポンと手を置き、なるべく明るいトーンの声を出した。
「私の髪があの鬼死女神のせいでグチャグチャだ。
こんな長い髪、とかした事ねぇからよ、やってくれないか?」
私の体に顔を埋めていたチュチュが、下から私を見上げる形で顔をあげ、その目をパッと輝かせた。




