母 と 娘
「この伝説が今の世界の始まり…」
書斎の片隅の焦げ茶のソファに
その少女は座っていた
「イヴって…私と同じ名前だ…不思議」
少し埃をかぶった分厚い歴史書を
膝の上に置きながら そう呟いた
(赤い色に金色の文字 いかにも
すごそうな感じ…)
重そうな歴史書を両手で
ひょいっと持ち上げると
物珍しそうにじろじろと見る
-どうやら彼女の頭の中は
次々と周りの事象や姿に気を取られ
忙しいらしい-
しばらくして 腕が疲れたのか
彼女は目の前の机に
歴史書を半ば乱暴に置いた
「はあ〜ぁ…文字ばっかりの本
見てたら 目が痛くなってきた…
よしっ!休憩休憩…」
そう言って目を瞑り
今度はゆっくりと微睡む
-余程 疲れていたのだろう-
彼女が眠りにつくのに
そう時間はかからなかった
-………
書斎は静かだ
聞こえるのは風の音
イヴの寝息
黄緑色のカーテンは風を受けて
しゃらしゃらと揺れ
書斎に新たな息吹が満ちる
そんな気持ちの良い午後-
少し焼けた素肌に
胸元まである長い黒髪
白いワンピースに
薄紫色のカーディガン
絵に描いたような風景-
-だが 時に人生は残酷だ
それを 彼女は思い知る-
-コンコンッ
「イヴ?」
そう聞いた声は物音を立てぬよう
ゆっくりと慎重に書斎の扉を開く
「ふふ…」
赤茶色の髪が目立つ女性は
イヴが寝ている姿に笑みを零した
その女性は彼女が横たわる
ソファへと近づいていく
「もう イヴったら こんなところで
眠っていたのね…探したのよ…」
半分呆れたような口調で言いながら
彼女の肩を手でとんとんと叩いた
-彼女はゆっくりと…寝返りをうつ
「まぁ 起きないわよね…」
女性は頬をやや引き攣らせながら
寝ている彼女に笑いかけた
-すぅ…はぁ…
女性は彼女を見下ろしながら
深呼吸を1つ…
「イヴっ!起きなさーいっ!」
-……!!
イヴは雷が落ちたかのように
ソファから飛び起きた
寝起きで開きかけの
目をまんまるにしながらも
彼女はその女性を見た
「っ…お母様っ!!」
-書斎に入ってきた女性は
イヴの母 イザベルであった-
イザベルは仁王立ちで娘を見る
「まったく…もう…
今日は市場に買い出しに行くって
朝 話したでしょう?」
険悪な顔をした母のその言葉に
イヴははっと我に返り
ソファの反対側にある
壁掛け時計に目を向けた
-針は15時を回っている
「ごめんなさいっ!!
すぐに支度しまーすっ!!!」
母の顔を見ずに
謝りながら書斎を走り去っていく
「10分で済ませなさい!」
返事はなかったが
娘が慌ただしく準備する物音を聞き
イザベルはくすっと笑った
-………
「…お母様…」
体を扉に半分隠しながら
そっと尋ねた
イザベルはびくっと肩を震わせた
「…もう ノックくらいしなさい
どうしたの?もう終わったの?」
「いや…そうじゃなくて…」
恥ずかしそうに口篭るイヴに
イザベルは首を傾げた
-イヴはワンピースを指差し-
「…このまま…」
「却下よ 着替えなさい」
イザベルは見切ったように
イヴの言葉を遮った
「はい…」
イヴも分かっていたように
苦笑いをしながら部屋に駆け込んだ
-ドタドタッ
「まったく…
いつまでも子供なんだから…」
娘が部屋に駆け込んだ後
何故か少し嬉しそうに
イザベルは呟いていた-