伝 説
それは 太古の昔-
人間達は貪欲に力を求めていた-
ある者は地位を- ある者は名誉を-
ある者は大金を- ある者は不老不死を-
その当時 とある秘境の地に
魔石に封じ込められた強大な魔力が
存在するという言い伝えがあった-
人々はその存在を信じ
自らの欲の赴くままに行動し続けた-
村を焼き払い- 人を殺し-
人ならざる行為をし続けた-
権力のない貧しい者達は
次々と国外追放され 住む場所を失い
飢餓で苦しみ死んでいった-
そんな中 魔石に込められた魔力が
ある一つの家族を守った-
その家族に特別な力は何も無く
国外追放から生き延びた
ただの貧しい農夫婦-
その夫婦の間には赤子が宿っていた-
妻の腹はかなり大きく膨らみ
もうすぐ出産を迎える様子だ
夫婦はこの世界に産んでしまう
赤子を酷く悲しみながらも
我が子の誕生を心待ちにしていた-
幾日がすぎた満月の夜-
この秘境の地にも貪欲な人間達の
魔の手が迫っていた-
大きな満月が妖しく笑うこの夜-
時を狙うかのように妻の腹から
赤子が産まれようとしていた-
妻は夫の手を力いっぱい握りしめ
声を噛み殺し 赤子に力を注ぐ-
医療用に適した機材も何も無い
山奥の木の根元
背中を幹に預け 赤子が寒くないよう
妻と夫は肌着を全て脱ぎ捨てていた-
そんな妻の額からは汗が滴り落ち
唇からは夥しい程の血が滲んでいた-
「まったく‥お前の事をもっと…
まともな環境で産んでやりたかった…
私を許しておくれ…」
そうきれぎれに妻は呟き
渾身の力を振り絞り
やっとの思いで赤子を産んだ-
夫は涙で濡れた顔に笑顔を浮かべながら
天高く娘を抱き上げた-
だが 産まれて来たその娘は
とても小さく今にも死んでしまいそうな
小さな産声と呼吸をしていた-
夫は青ざめた顔で娘を見つめた-
夫は妻と寄り添い 娘を暖めた-
「私の分まで…お前は生きなさい…
強く大きく…いつか この世界を救う
そんな…そんな存在になりなさい…」
妻は力強く娘に語りかける-
その時 夫婦と娘を囲うように
眩い光が満ちはじめた-
「…これは…何事だ…」
夫は目を丸くしながら
娘を抱く腕を一層強めた-
眩い光は人型に姿を変えると
何とも心地よい声でこう述べた-
「汝の願いを聞き入れよう…
その赤子の命と引き換えに汝の魂を
我に捧げるのだ…」
夫は妻を見て 説得を試みた
「やめるんだ…やめてくれ…
お前が居なくなったら 俺は…どうしたら…
この子をどうやって…」
夫は必死に涙を堪え 妻に訴えかける-
だが 妻は冷静に夫に告げた
「私が居なくてもあんたがいる…
きっと何だってやれるさ…
この子は私達の宝…何があっても
絶対に手放さないで…約束して…」
夫は妻の決心を悟り
顔を曇らせながらもゆっくりと頷く-
妻は光に向き直り 宣言する-
「貴方様の事は何も知らないが…
娘を守り通して下さるなら…
私のこの魂 持って行かれよ…」
か細い声で囁く妻を光は抱き上げ
妻にこう述べた-
「汝の願い 聞き届けた…
この赤子の命 我の命尽きるまで
守り通すと誓おう…」
それを聞き妻は光の腕の中でゆっくりと
息を引き取っていった-
光は妻を抱き上げたまま
夫に深く頭を垂れ消えていった-
夫はいつまでもいつまでも
その光の跡を見据えていた-
-………
「お前と俺で生きてい……」
そう言いかけた夫の心臓からは
血が流れていた-
貪欲な人間達が光を追って
現れたのだった-
言葉もなくじりじりと近づく
獣と化した人間達-
夫は最後の力を振り絞り
「イヴ…」
そう呟いて死んでしまった-
取り残された赤子は
瞬く間に光に包まれ消えてしまった-
「この伝説が今の世界の始まり…」