虚無を追う者達
機械兵士との戦闘を終えたリュクシオンの五名は軍馬を走らせメイコウへと向かっている。簡素に舗装された大道にそれぞれの蹄鉄音が軽快な律動をとった。
副隊長アイシャを筆頭に魔術師のマゥル、トレンタといった女性陣が続く。遅れて男性騎士のシュワンとヴァーメラントが殿を務めていた。
マゥルは軍馬に加速を促すと先頭のアイシャに肩を並べる。
「アイシャ様、あの少年にかまをかけましたね」
「ハイマッドの観測報告にあった神託級の魔術。年端もいかないあの少年が発動させたとは思っていなかったのでな。しかし最後の問いの潔い反応と“これ”でレトが使った者だと判断した」
小さな石をポケットから取り出しマゥルに投げる。それはレートに刃先を突きつけた時に上着の内小袋からくすねた魔製石だった。今は効力を失い輝きは底をついている。
受け取ったマゥルは魔製石に魔力を流し反応を確かめる。青葉色に光るその感触を確かめて目の上がピクリと動いた。
「術式は分かりませんが材質は何らかの竜が蓄えた豊緑石。さらに竜の結晶核も砕いて合成を行なった一級の魔製石。素人には一生拝む事が出来ない代物ですね」
「服の裏に大量に仕込んでいた。音からして三十以上」
「……左様ですか。風貌を見るに頭の可笑しい貴族の坊やには見えませんでしたが」
レートの使い込んだローブを思い出しマゥルは勘のいい頭を働かす。即時発動出来るように仕込んだ異常な量の回復魔製石。
マゥルは少し考えを巡らせた後、アイシャに魔製石を投げ返した。
「あの魔術。年端もいかない少年が一人で使えるものなのか?魔術院連盟に席を置くマゥルの意見が聞きたい」
幼い頃から剣の道に生きてきたアイシャは魔術に関しては大雑把なことしか把握していない。魔術がくだらないと思ってはないが、魔術に関する事に時間を割くくらいなら剣を一度でも多く振る。多く切る。そういう女だ。
事が片付いてしまえば、この話も頭の隅に追いやられるのだろう。
「魔術名称“囚われた炎者”。これは魔術院連盟に制定されている炎系、第三系列・二十位に位置する神託魔術です。私が使用した“陽炎牢の奴隷”の一つ下の順位。ならば可能と判断します。連盟の総本山、アザスス国ではもっと幼い人間でも十位以内の神託魔術を発動したという記録は残っていますし」
法衣で隠れている鉱石で出来た片耳。それを触りながら言った。
「何より私のように魔族との混血や、成長を早める法外な魔術を使用すれば……」
もう一つの軍馬の律動が後方から加わった。
「いやいや!体内の魔核は純粋な人間の者で間違いありません!年齢の経過もほぼ見た目と変わらないです!私が百百百パーセント保証します!」
レートの不完全治療の失態を自分の力量不足と思い込んでいるトレンタは、少しでも名誉挽回する為に会話に割って入る。
マゥルは頷き言葉を続けた。
「気になるのはあの巨大な光。発動元は囚われた炎者からなのですが、大きな光を放つ事は炎者に出来ないのです。術式単体で行えるあれほどの光は……“穿つ天牛の双角”という別の神託魔術と組み合わせたと見て間違いないでしょう」
「混合魔術か」
トレンタは目を泳がせながら首を縦に振り続ける。頭の中では高速で魔術の歴史書が捲られているのだろう。
「はい。重葉式という混合魔術です。特殊な列式と陣を重ねて行う古い魔術です。膨大な魔力のロスと発動時間の遅さ。隊を持って連携を組む今の時代に好んで使う場面はありません。我々魔術師にとって魔力の枯渇(魔核の痛み)は死に直結しますので」
「そうです!そうなんですよ!」
後方で知ったかぶるトレンタ。彼女の真意を見抜いたマゥルは定例報告を口にした。
「そういえばアイシャ様。トレンタは炎系、第三系列・三十位以上の魔術成果報告が上がっていません。さらなる成長の為、より厳しい鍛錬をさせるべきかと」
「やややっ!いやいや師匠!ここでそれ言っちゃいますか!?」
慌てふためくトレンタを軍馬が嫌がるように嘶く。
「ほう。少年でも使える魔術をリュクシオンである、トレンタには使えないと。そうかそうか。では次の休暇の土産は毒煙竜の首を所望しよう。頼んだぞ。トレンタ・ウィルベスカ」
「さすがアイシャ様。聡明な判断です」
二人は後方のトレンタをじっと冷たい目で見つめた。特にマゥルはトレンタが直弟子に当たる為、本当に行ってこいと言わんばかりの圧を込めて睨みを効かす。
「ひぃぃ!すいましぇーん!」
涙目のトレンタは馬の速度を落とし後方に下がっていく。先頭の二人はくすりと笑い合う。
「可愛い奴だ」
「師としては回復系統以外の五行魔術に情熱を注いで欲しいのですが…性分なのですかね」
トレンタが下がったのを確認してマゥルは本題に入った。
「少年の尾行はいかがしますか?シュワンではなく私に任せて頂きたいのですが。彼は何かを隠しております」
本心を見抜いたアイシャは意地悪く歯を見せる。
「マゥルは余程この魔製石の出先が気になるようだな」
「いえいえ。そのような事は」
「出来れば調査して欲しい所だが黒針の根源を調べるのが優先だ。それにマゥルが居なければ連絡が遅れる。加護持ちは魔術の類が一切使えないのだからな」
ーーマゥル。私にはお前が必要だ。ーー
ーーマゥル。お前がいないと私はダメになる。ーー
ーーマルー!マゥル?マーゥル。マゥル〜。ーー
脳内変換された歪んだ言葉はやがて、アイシャの幼少期へと姿を変えていく。世話役であったマゥルは時折、こうしてトリップしてしまう事がある。
「アイシャ様!いけません!」
「どうしたマゥル?」
「い、いえ、なんでもございません」
ふと現実に引き戻されたマゥルは少し照れた様子を見せて咳払いをひとつ吐いた。
「クウェードル領土内で虚無に堕ちたモノの被害は例年より着実に増えています。何故騎士協会は頑なに協力を拒むのでしょうか」
「さぁな。我らリュクシオンはいつも蚊帳の外だ。偶発的な魔素の異常或いは不活性化とでも決め込んでいるのだろう。だが黒針をばら撒く首謀者は必ずいる。大きな被害が出る前に……断たねば」
真っ直ぐな強い意思を持った瞳。マゥルはそこからアイシャの父、リューハ・ドレイクの面影を感じた。
殿はシュワンとヴァーメラントが務めていた。いつものようにシュワンは馬の背に抱きついてる。加速する前衛を見つめながらもそれに気張って着いていく熱意など、この男には毛程も無い。
「男っていうのは馬鹿な生き物なんだよなー。なぁブラックワンダー号」
「やや!この流れ…恋バナですね!」
目を輝かせたトレンタは後続の男二人の間に割り込む。
「馬鹿な事言ってないでちゃんと乗ってくださいよ先輩!ほらアイシャさんがスピードをあげました!行きますよ!」
「ちょっと!無視しないで下さいよ!」
後輩に促されるもシュワンはこれを拒否。手綱を握る事すらない。
ブラックワンダー号は嘶きそれを拒否。騎手シュワンの言う事を聞かず速度をあげた。
「ブラックワンダーはお利口さんですよ」
丘を越え、騎士達の眼はメイコウの町を捉えた。
巨大な光を見て駆けつけたのはリュクシオン達だけではなかった。メイコウ北にある集落で獣人の頭首に挨拶をした帰り、彼らは野山を走り抜け最短距離で戦闘跡地へと向かっていた。
「ダラッ!」
スタンピングを繰り返し機械兵士の残骸を粉々に砕く。彼は紫色の繋ぎのような格好で独特なシルエットをしていた。
「終わってんじゃねぇか!」
男の目は顔のやや両側についており丸い瞳は新鮮な血のように鮮やかで赤い。長い髭は少し湿った鼻がヒクつくたびに敏感に動く。首筋から後頭部にかけては白い体毛が覆い尽くす。天辺はピアスがたくさんついた長い耳。片方は垂れもう一方はピンと天を指している。
この男、バーン・スプラッドは首から上が完全に動物の“ウサギの顔”で成り立っていた。
「静かにしてスプラッド。黒針の正体を拾えるかもしれない」
端切れの目立つ年代物のローブ。背中には年季の入った弓を背負っている。若き猫の獣人、御影グレイス。麻色のフードを脱ぎ露わになった緑の瞳はウサギ男を静かに諭す。
彼らはホワイトフォレストから各国を飛び回り活動している、ファングダルと呼ばれている派遣部隊。意味は牙を研ぐ者、爪を立てる者、喉元を裂く者。噛み殺す者。各国によって豊富に存在している。
御影グレイスは今回の遠征でクウェードルの第二都市と第三都市メイコウ近辺で黒針をばらまく者の正体、あわよくば討伐を目論んでいた。
何の功績も挙げずにホワイトフォレストに帰る事は自分達の序列を落とす事になり、何よりべらぼうに高い転移魔術の往復費用が自己負担となってしまう。
口数も少ない彼女は一見冷めたように見えるが、内面はいつだって静かな闘志を燃やしている。
潰れた兵器の残骸の上、半透明の猫が飛び跳ねながら匂いを嗅いでいる。辺りの匂いを一通り嗅ぎ取った後、御影の方へ嬉しそうに走り寄った。御影グレイスの固有魔術による半実態を持つ三毛猫である。
その猫は器用に二本足で自立すると、全身を使って御影に身振り手振りのジェスチャーを始めた。
「ミーちゃん、何かわかった?」
「ニャニィ!ニャーニャ!ニャミーニャ!ニャニャイニャイ!」
(鋭い爪!強い牙!しなやかな動き!リュクシオン以外の虎人の痕跡があるにゃ!)
彼女は眉を潜め不可解な動きを推測し始める。
(鋭い爪!強い牙!しなやかな動き!これは間違いなく虎の獣人にゃよ!)
彼女の目つきが鋭く光る。
いきなり立ちあがった猫が腕を振り回しクネクネと体を揺らす。そして所々に挟まれたキメ顔。これを総合的に考え彼女がたどり着いた答え。それは。
「スプラッド。ワニの獣人よ」
「ワニだぁ?」
「ニャーミャ!ニャニャンニャン!」
(違うの!なんでワニにゃのよ!」
ミーと呼ばれた猫はめげずに必死にパフォーマンスを続ける。
どういう訳かこの固有魔術、ミーは御影や周りの会話を理解出来るが、誰もミーの言葉は理解出来ない。意思疎通が一方通行なのである。
「サル」
「ラクダ」
「アリクイ」
「玉ねぎ」
「マングース」
見当違いの答えが三十を超える頃には、猫は悔し涙を流しながら地面を叩いていた。特に玉ねぎの部分は嗚咽が激しい。
「ヘビ」
「玉ねぎ」
「キツネ」
「玉ねぎ」
「…じゃあトラ」
「ニャン!!」
仰向けに倒れジタバタしていたミーの体が跳ね上がる。
「虎なの?ミーちゃん」
「ニャン!ニャミニャ!」
(そうにゃよ!御影!)
ようやく伝わったミーは上機嫌に御影の周りを飛び跳ね、足に別れの挨拶をしてこの場から姿を消した。
「スプラッド、一旦メイコウに戻る」
「ダラッ!」
待ちくたびれたスプラッドは腹いせに破片の一部を蹴り飛ばした。固有魔術を使用して大きな弧を描くそれは森の中に消えていく。茂みに転がり静止した破片は数秒後、歪な音を立てべこべこと凹んだ。
「同じ獣族でも黒針をばら撒く者は……殺す」