「-目指す洞窟へ-」
ハルムザードの南方には山脈が広がっており、隣国との境界の役目を果たしている。
東部は未開の荒野であり、多数のモンスターが潜む危険な場所として知られていた。
目的の洞窟へと向かうため、クリフとユベールは荒野の端をかすめるように伸びているさびれた街道を通って山の中腹まで移動するルートをとった。
モンスターの襲撃に備え、周囲を警戒しながら歩くこと数時間。
荒野を通り過ぎ、山道を歩き、中腹にそれらしき洞窟を発見した時には、すでに日はかなり西へと傾いていた。
「結局モンスターには遭遇しなかったね」
「つまらん! 順調だがつまらん! こうなったら、中のモンスターに期待しよう」
クリフが剣を抜き放ち、一振りして怪しげな笑みを浮かべる。その様子をユベールは引きつった笑顔でただ見つめるのであった。
「危険人物がいるよ~物騒な世の中だねえ。通り魔とかになりそう」
「いや! 斬るのは俺に害なすモンスターのみ。さあさあ洞窟探検だ!」
これ以上ここでモタモタしているとクリフの危険度が上がりそうなので、ユベールはたいまつを手渡し、自分もたいまつを持って洞窟の内部へと歩を進めた。
洞窟の中はひんやりと薄暗く、入り口付近を離れるとすぐに光源はたいまつの明かりだけとなった。
しばらく進むと、天然の岩肌から整備された通路へと道の様子が変わっていく。
通路には、ドアが左右に一つずつ、突き当りにももう一つついていた。
「誰かが洞窟内部に手を入れて住んでいたのは明らかだね。どこから見る?」
「まずは近い所からだろ。左右のドアを開けて、それから奥だ。よし、右から開けよう」
ユベールの返事を待たずに、クリフが右手のドアを無造作に開けた。
カギはかかっていなかったが、部屋の奥から埃っぽい風に混じって不快な悪臭が漂ってくる。
たいまつを部屋の中に向けると、そこにはゾンビが3体いた!
「おお、来た来た!ゾンビは臭くて汚いのがイヤなんだが、いざバトルだ!」
「じゃあサクッといってみよ~」
ユベールが杖に魔力を集中させ、素早くサンダーボルトの魔法を放った。
雷が閃き、ゾンビの1体を焼く。焦げた腐肉の嫌な臭いが立ち昇った。
雷を受けてひるんだゾンビに、クリフが素早い斬撃を叩きこむ。
ふたりの連携攻撃を受け、最初に狙ったゾンビはあっさりと動かなくなった。
が、残る2体のゾンビは動じる様子もなく掴みかかろうとしてくる。
「うげっ、やっぱきたねー! 触んじゃねーよ!」
クリフの剣が水平に踊り、ゾンビの腕を切り落とした。
しかし腕をなくしたゾンビは、突進して噛みついてきた!
「痛っ!こんのやろー」
「後で消毒だね~。さあ、もひとつどーぞ。サンダーボルト!」
ユベールの放った呪文は狙い違わず命中し、2体目のゾンビも倒れる。
噛まれた痛みもものともせず両腕に力を込めたクリフは、雄たけびと共に最後の1体を脳天から真っ二つに切り下した。
「ちっ、ゾンビごときにダメージもらうとはな」
「この部屋の敵は倒したし、しばらくは安全だろう。治療するから見せてよ」
クリフがゾンビの歯形のついた腕を差し出す。ユベールはかばんからてきぱきと薬草や包帯を取り出し、傷を酒で洗ってからしっかりと治療を施した。
「はい終わり。じゃ、改めてこの部屋を探索してみようか~」
「ぱっと見た感じ、ガラクタばかりじゃねーか。あーあ、開けて損した」
ぼやくクリフを横目で眺めていたユベールの耳に、かすかな人の声が聞こえてきたような気がした。
この部屋の中にはクリフとユベールしか人影はない。通路に出てみると、どうやら反対側のドアの向こうから聞こえているようであった。
「クリフ、こっち側のドアから人の声が聞こえないかい?」
「ん? ……あー、たしかに何か聞こえるかも。開けるか」
「どうせ全部調べる気でしょ」
「まーな」
クリフがノブを握り、今度はやや慎重にドアを開けた。薄暗い室内に松明を差し入れるも、目立ったものは見当たらない。が、声は先ほどよりもはっきりと聞こえてきた。
「うーうー言ってるな。どこだ?」
「あ、ほらクリフ。上だよ、上」
見やった部屋の天井付近に、ロープでがんじがらめになった人影があった。すらりとした体つきの少女のようだ。口元にもロープが食い込み、猿ぐつわのようになっている。
「とりあえず助けようか~」
「仕方ねーな。どうやったらこんな絡まり方するんだよ」
二人がかりで慎重に少女を天井から下ろし、ロープを切って助け出す。
改めて少女の姿を確認すると、どうやら冒険者のようであった。
赤毛のショートカットに、陽に焼けたような浅黒い肌が印象的だ。
ポケットの多いベストの下に、革製のブレストプレートを着けている。
腰に下げられた鞭が武器のようだ。腕、首、耳……あらゆる場所にジャラジャラとアクセサリーが輝いていた。
少女はふはっと大きく息をすると、二人に向かって微笑む。
「いやーありがとありがと。助かったわ!こんな所、滅多に人も来ないだろうし」
「いえいえ、お気遣いなく。僕達は通りすがりの冒険者なので」
「で、アンタはなんでぐるぐる巻きになってたんだ?」
「うっかり罠解除失敗しちゃって……あはは」
「罠?」
ユベールがあたりを見回すと、鍵のついた箱のような物が目に留まった。
箱の前の床に、不自然な継ぎ目がある。
「なるほど~宝を狙う者を撃退する為の罠だね。ダンジョンにはよくあるよ」
「1回発動したら無くなるタイプの罠だったら、安全に箱開けられるな」
クリフが剣を振りかぶり、箱めがけて振り下ろそうとするのを慌てて少女が止める。
「ちょ、待って!そんな事したら中身が壊れるかもしれないでしょ。次は失敗しないから」
「鍵開けができるんだ~。君はシーフなのかい?」
「残念、アタシはトレジャーハンター。名前はナタリーよ。そういえばアナタ達は?」
「僕はユベール・エモネ。魔術師だよ」
「俺はクリフ・マーレイ。戦士だ」
こうして三人はようやくお互いにきちんと自己紹介をし合ったのだった。
ナタリーは再度宝箱に向き合うと、鍵束や針金を駆使してゆっくりと、確実に鍵を外した。
中を覗き込もうとするクリフの視線を、さりげなく遮ろうとする。
「何か入ってたか?」
「えっ、いやー……大した物は入ってないっぽいよ」
「じゃあ今ポッケに隠したその袋、ちょっと中身確認させてもらえるかな?」
ナタリーの不審な動きを目ざとく捉えたユベールが、常と変わらぬ笑顔で語りかける。
慌てるナタリーのポケットのひとつから、くしゃくしゃになった紙がひらり、と落ちた。
「あっ」
「あれ?これ……クリフ、洞窟への地図どこにしまった?」
「確かこの腰のカバンに……ん?あれ、ない!」
服やカバンをバタバタと探るクリフを横目で一瞥すると、ユベールは再度変わらぬ笑顔でナタリーに話しかけた。
「ナタリー。この地図、どこで手に入れたの?」
「え、えっと……その、拾ったの!届けてあげようと思って」
「にしては、僕達より先にここへ来てたよね」
「それは、あの、ほらアタシ身軽だから!いつの間にか追い越しちゃった~的な?」
「最も安全かつ最短でここに来れるルートはあの街道しかないよ。僕達を追いかけて来たなら、必ず街道のどこかで追いつくはずだ」
「……すいません、スリました」
とうとうナタリーは地図を不正入手した事を認めた。案の定クリフがキレる。
「ふざけんなよオマエ!人の物を……」
「まあまあ落ち着いてよクリフ。少々手クセは悪いけど、彼女のトレジャーハンターとしての能力は、この先の探索に役立つと思うよ僕は」
「そ、そうそう!こう見えても色んな遺跡とか探索してきてるんだから、腕は信用してよ!」
「……あーもう、わかったよ。とりあえず、宝の独り占めはやめろ」
ブツブツ言いつつも引き下がったクリフが、ナタリーの胸ポケットから袋を取り出した。袋の口がほどけ、中からいくばくかの金貨が覗く。
「オマエ胸ねーなぁ」
「セクハラでしょそれ!慰謝料として、その金貨はアタシがもらうから」
「まず3等分して、分けた取り分からクリフが払えばいいんじゃない?」
「おい、ユベール!」
「冗談だよ~。さあ二人とも、探索進めようか」
そんなこんなでクリフ、ユベール、ナタリーの三人は共に洞窟を調べる事になった。




