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緞帳

作者: 士口 継

 遅くなってしまいましたが、しばらく多忙な時期が続き、サイトの更新ができなかったこと、誠に申し訳ございません。また久々の更新だと言うのにかなりの短文で……。息抜き程度にちらっと見ていただければいいなと思います。

 一つ、私が夢に見た世界の話をしよう。他愛もない日常の陰に身を潜めた平凡な話だ、聞いていても楽しくないかも知れない。その時はその時だ、飽きてきたのならば瞳を閉じて、己の夢へと羽を広げてくれ。何せ、今から私が語ろうとしていることは、明日を生きる君にとってくだらないものなのだから。

 さて、改めて語ろうとしても人前で話すことは久しい、上手く語れないかも知れない。曖昧な私の夢をどうか、意識の隅で聞いてほしい。否、聞かなくてもいい、耳にしていてほしい。いつの日か私が見た夢が、君たちのものとなる時のために。


 もう長らく昔の出来事である、世界は発展を遂げ次々と新たな技術を生み出していった。人工知能は人の皮を被り人のように話し、何もかもがコンピュータによって機械的に、かつ理想的な空間で息をしていた。医療技術の発達により平均寿命はぐっと伸び、全身のサイボーグ化が実現された。その世界は最早人の星ではなく、機械によって全てが回る機械の星だった。

 それはそれで美しいものだ、醜い権力の争いは耐えなかったが、人工的な光の織り成す眩い昼も夜もない世界という存在そのものが美しく感じられた。中には木々に囲まれた原始的な生活を好む変わり者もいたが、彼等は彼等なりに最果ての地でのんびりと暮らしているようだった。とにかく、あの時代は人工的な美しさをもった素晴らしい時間だった。否、素晴らしいかどうかは私の判断することではない。だがここで私が語るうえで、現段階においては素晴らしいということにしておいてほしい。少なくとも私からすると素晴らしい時間だった。

 私は友人などもたぬ孤独なものだったが、一人だけ、たった一人だけ友と呼べる人間がいた。名前も知らなかったが、毎日のように私のところへ訪れてくれる不思議な少女だった。その少女は明け方に私のところへやってくると、傍に腰を下ろしてその時代には珍しい革表紙の紙の本を読んでいた。一日中、時折姿勢を変えながら毎日毎日飽きることなく読み続けていた。真っ白な髪に真っ白な肌、血のように赤い瞳をもった、不健康に痩せた少女。私が「こんなうるさいところで本を読んで、集中できるのかい?」と問うても、何も答えなかった。私の声は誰にも届かないのだから、仕方の無いことだが。

 日が落ちて、辺りが青い光に満ちてくると、少女は静かに立ち上がって手も振らず、挨拶もなくすたすたと歩き去っていく。一度、白いワンピースに埃がついていたことがあった、私はそれを払ってやりたかったのだが、どうしても手が伸ばせなかった。少女はそのまま街へと帰って行った、勿論その次の日も、次の日も、起こる出来事は凡そ同じである。

 華やかな街の外れ、排気ガスと泥と砂埃に満ちた不衛生な空間。そこが私の居場所だった。いわゆる貧民街である。街では何もかもが電子的な技術で処理されているにも関わらず、その場所で全てを賄うのは歯車と蒸気機関。薄汚れた狭い街、目と鼻の先には時代の先端を行く大都市があるというのに、私のいたその場所だけが取り残されたままだった。

 少女はいつも華やかな街からやってきた、私のことなど醜くて仕方なかっただろうに、毎日毎日やって来る。私は不思議で堪らなかったが、何よりの楽しみでもあった。

 ある日、初めて少女がいつになってもやって来なかった。そろそろここへ来るのも飽きたのだろう、と然して気にも留めなかった。次の日、少女は私のところへやって来て、変わらずに本を読んでいた。次の日、また少女が来なくなった。その次の日も来なかったが、さらにその次の日はやって来た。少女が日に日に顔色を悪くして、やせ細っていくのが何より恐ろしかった。

 少女が私の元を訪れる頻度が少なくなって、一ヶ月ほど経った頃。少女は完全に消息を絶った。黒い雨の日も、霞んだ晴れの日も、夜のように暗い曇の日も、排気ガス臭い風の日も、欠かさず革表紙の紙の本を細い腕に抱えてやって来た白い少女は、かつて気候の一つとして存在していたという雪のように溶けてしまった。私はまた一人になった。少女がどうなったのか、私は知らない。


 再び訪れた孤独に、悲しみは覚えなかった。今までの日常が戻ってきただけだ。朝が来て、夜が来て、また朝が来て日が沈む。相変わらず中心街は青い光で眩しく照らされ、私の周りは歯車の錆と排気ガスの臭いに満ちる。人々は変わらず歩き続け、進みすぎた科学を引っ張りさらに前へと進んでいく。生まれていく同じ顔の人間、死んでいく多様性。私にはもう、誰が誰なのかわからない。


 舞台は緞帳の上がり拍手と共に始まり、また緞帳が下がる時にも拍手で溢れる。


 終わりは突然だ。人々が騒ぎ立てる間もなく訪れた穏やかな終焉。今でも覚えている、あの非日常的で美しく儚い光景を。

 いつもと変わらぬ塵に霞んだ晴れの日、丁度正午のニュースが街に流れた時だった。がたり、コンクリートで覆われた大地が震えた。がたりがたり、困惑する人々の顔、戸惑い何が起きているのかもわからぬ。ぴしりと地面に走った亀裂、割れた巨大なコンクリート片は風船のように空へと浮いて、太陽を隠す黒い光へと吸い込まれて行った。それが終わりの始まりである。

 人、建物、車、飼い犬、電子機器、人工知能、全てがぐちゃぐちゃに空へと浮いて飲み込まれていく。バンデモニウム、と言ったらいいのだろうか。そんなお淑やかなものではない。人の悲鳴も吸い込まれて、辺りが轟音に包まれた。私の体もメキメキと音を立てて吸い込まれて行く。

 きっと、神様がいるのならば。前へと進みすぎた私達を止めにかかっただけなのだ。生命の製造、人体の製造、私達はあまりにも罪を犯しすぎた。神様は優しい方だ、私達の罪の証まで全てを飲み込んでくださっている。半世紀を掛けて、世界は穏やかに、緩やかに、急速に、その命を絶たれた。


 今の私について、少し話そう。全てが吸い込まれた世界で、残ったのはどこまでも広がる白い砂漠だった。その白に、私があの少女を思い出したという話はまたいつか。私は、何もかもがなくなった世界にまだ生きている。周りを覆っていた装飾品、仕掛けを動かす歯車、全て失ってしまったが、ひび割れた文字盤と欠けた二本の針、ゆっくりと振れ続ける大きな振り子はまだこの身に残っている。ぎい、ぎい、と錆びた音がこの世界に一つだけ残された私の音。

 私は今、幸せだ。何もかもなくなった世界で、私ももうすぐここから消える。世界が飲み込まれて早七世紀、もう私のぜんまいも巻かれない。この振り子が止まる日が待ち遠しい。

 私の行く先に、あの少女がいるのなら。名前を聞こう、ワンピースの埃を払ってあげよう。私に名前はないが、貧民街の大きな機械時計と名乗ろう。

 古い昔の夢を見たら、少し語りたくなってしまったのだ。どうせ誰にも聞こえやしないのだから、偶には語ってみてもいいだろう。


「ああ、振り子が止まる」



 大きな大きな機械時計、発展を遂げた街と時の停まった貧しい街を見下ろす大きな機械時計がこのお話の主人公になります。終わる世界の中、時計が何を思い、何を感じたのか、そんなことを思いながら読んでいただけたらなと思います。


 それではまた。



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